「…違う」


「良夜(りょうや)様…?今なんと…?」


――良夜は組み敷いていた女を一瞥して身体を起こした。

のろのろと黒の着物を羽織り、ため息をついてさらさらの黒髪をかき上げた。


「違った。帰る」


美しい女だった。

今度こそは、と思って口説いて一夜を共にしてみたものの――身体の奥底から‟違う”と何かが告げていた。


「私が好きで口説いたのではなくて!?」


「お前かもと思ったけど、違ったと言うだけだ。もう会うことはない」


良夜は美しい男だった。

鬼族とは思えないほど線が細く、優美で儚げな美貌は男女問わず誰もが参ってしまうほどで、その目で撫でられるだけで腰が砕ける女は多かった。


そしてこの男は――百鬼夜行を行う鬼頭家の次期当主。

その日は差し迫っていて、良夜の嫁になることができればこれ以上はないというほどの名誉にあやかれる。

そして良夜という名は真名ではなく通り名であり、真名を明かすほど夢中になれる女には未だに出会えずにいた。


「違った…どこに居るんだ」


――誰かも分からないが、物心つく前から自分は捜し続ける運命にあるのだと分かっていた。

そしてこの家に生まれたのには必ず意味がある――


既視感の日々。

教えられてもいないのに、どこに何があるのか分かってしまう。


「俺は何を捜しているんだろう?」


自問自答する日々。

当主になれば、何かが分かるかもしれない。


自分は、当主にならなければならない。


それは強い意志で、良夜の切れ長ではあるが優しい目には決意の光が瞬いた。


「俺を…待ってくれているんだろうか」


時折何者かが自分を操っているのではないかと思うようなことを口走ってしまう。

それは幼い頃からの癖のようなもので、気にはしていない。


――良夜は月夜を見上げた。

こんな夜を共に過ごした者が居た気がする。


それは一体誰なのか?

何故こんなにも焦りを覚えるのか?


「どこに…」


また呟いて、目を伏せた。