――すうっと意識が戻った良夜は、むくりと起き上がって両の掌を見つめた。

…願いを叶えてもらったこの身体は、良夜であり、転生した黎明の身体と魂だ。

何故今まで忘れていたのかと苦笑した良夜――いや、黎は、頭痛が治まってすっきりすると、葛籠の中に手を突っ込んだ。


「…これを持って行こう。今度はあいつの記憶を呼び覚ます番だ」


神羅――

共に転生すると約束した、愛しい女。

黎は布に包んだ何かを懐に入れて葛籠を閉めると、蔵から出た。

すぐ傍には牙が居て、今までの記憶も黎明として生きた時の記憶も持ち合わせている黎は、目が合うと小さく首を傾げた牙の鼻面を撫でた。


「どうした、何かおかしいか?」


「いや…なんか…分かんねえけど良夜様…だよな?」


「もちろんそうだが、今ちょっと急いでいるから後で事情を話す」


「おう。で、美月んとこに早速行くのか?」


「その前に…」


共に母屋に向かった黎は、夕暮れ前で百鬼が大集結している庭を彼らを避けながら歩いて縁側から上がった。

居間で天叢雲を拭いていた父が顔を上げると――父よりも先に天叢雲が声を上げた。


『おお小僧め、ようやく元に戻ったか』


「ああ、お前のおかげでもあったな。これからは存分に戦わせてやるからな」


弾んだ声で黎に話しかけ続ける天叢雲を掴み、黎に差し出した父は、居住まいを正して正座をすると、深々と頭を下げた。


「初代様…」


「堅苦しい挨拶はいい。お前はこうなることを分かっていたんだな」


「…よもや私の息子があなた様の依り代になるとは」


「依り代じゃない。この身体も魂も、鬼頭黎明のものだ。俺は最初から黎明だったが記憶を封印され、良夜として生きてきた。お前たちが慈しんで育ててくれたことを感謝する」


父の肩をぽんと叩いた黎は、感極まって何かを堪えているような表情の父に笑いかけた。


「俺の女に会って来る。後で共に酒でも飲もう」


「はい」


牙の背に飛び乗り、そのふかふかの耳を撫でた。


「お前も変わらず傍に居てくれてありがとう」


「へっ?なんか分かんねえけど俺はいつだって良夜様の傍に居るぜ」


牙の腹を軽く蹴って跳躍すると一路――美月の元へ向かった。