[ akari side ]
「この英文の和訳は、えー。次は山本さんね」
「はい、えっと。私の家族のペットの犬はラッキーと呼ばれている」
「はい、山本さん正解。この文章の文法は」
英語の授業中でも、
「犬」と聞いてリフレインするのは、
あの日の子犬。
雨の日、段ボールにいた小さな茶色の生き物だった。
私は小さな罪悪感から逃れるために、
段ボールをシャッターが閉まったビルの屋根の下に移動させ、家に走り帰った。
ダイニングテーブルには『8時には帰ってきます』と置き手紙があり、家には私以外誰もいない。
そして、私は一人、後ろめたい気持ちを抱え、
濡れた髪をタオルで拭きながら、
リビングの窓に打ち付ける雨粒を眺めた。
室内からでも外の激しい風の唸り声が聞こえる。
ベランダに出しっぱなしにしていた観葉植物の植木鉢が、風に翻弄されカタカタと揺れている。
急いで雑巾を手に取り、窓を開けた。
新しく開いた隙間に、風が容赦なく侵入してくる。
雨も吹き込み、風と雨にも揉まれながらも植木鉢を掴みリビングに救出し、慣れない左手で窓を閉めた。
雨に荒らされた植木鉢の底を拭く。
ベランダでこの雨なら…。
あの子犬は。
時計を見ると後一時間は猶予がある。
どうにか、あの子犬を助けられないだろうか。
私は何かに突き動かされたかのように、
玄関で傘を掴むと家を飛び出した。