私は桃井恵子。
父を早くに亡くして母に女で一つで育てられた。
生活は貧しく、母を助けるために高校を卒業後、すぐに就職して必死に働いた。
職場でもそれなりに頼りにされていたけど、昔から責任感が凄く強かった私は、仕事に没頭しすぎて恋人や友人はほとんど居らず気付いたら20代も後半に差し掛かっていた。

そんなある日仕事に行く途中に過労がたたって死んだ私は、気付いたら古代中国の世界に居た。
私がそれまで暮らしていた世界とは大きく違ったため最初は大変だった。
でも、私が転生した趙(チョウ)の国の人々はとても親切で私はなんとか言葉と生活に慣れて暮らしていける様になった。

しかし、平穏な暮らしは長くは続かない。
私達が暮らしていた村に秦国(シンコク)の軍隊が攻撃を仕掛けてきたのである。
秦という国は戦を好み、征服した国には略奪の限りを尽くすという恐ろしい国である。
だから私達は必死に逃げた。
しかし、転生者でこの国の地理に明るくない私は逃げ遅れ、捕虜となってしまった。
そして、私は秦の将軍である白起(ハクキ)という男の元へ連れて行かれたのである。

「おい。女。お前に聞きたい事が有る。」

白起という男は趙では悪魔の様に恐れられている。
子供をしつける時に悪いことをすると白起が来るよと言うほどである。
そのため私も白起という男はもっと邪悪な容姿をしていると思っていた。
しかし、その見た目はむしろ神聖なものだった。
銀色の美しい髪に、吸い込まれるような青い瞳。
例えるならば西洋の王子様であり、なぜ東洋の将軍がこのような見た目をしているのか不思議になるほどだった。

「なんでしょうか?」
私はたとえ殺されても趙の人達に不利益な話はしない覚悟だったが、白起の予想外な容姿と雰囲気に毒気を抜かれてしまった。

そのため白起の質問に対しては素直に答えた。

すると白起は私に対して問いかけた。
「どうして村人達が逃げる?俺は軍に略奪を禁止しているし、歯向かわない限りは町に危害を加えるつもりは無いぞ。」

その言葉を聞いて私は驚いた。
私が今まで聞いていた秦の国の軍隊の様子とは大分異なったためである。

「本当ですか?少なくとも私達はあなた方が略奪の限りを尽くすと聞いています。だから逃げました」

それを聞いて白起はため息をついた。
「昔はやっていたとはいえ、未だにそういう印象なのか。略奪を禁止してからもう7年も経つというのにやはり信頼を回復するのには時間が掛かるな。」

そういうと白起はじっと私を見つめた。

「女。お前を解放するから村人を呼び戻してくれないか?」

私は少し考えたが、白起が嘘をついている可能性もあるため信じないことにした。

「すみません。私にも行き先は分からないんです」

すると白起は刀を抜くと私に突きつけた。
「略奪はしない。だが、非協力的な捕虜に対してまで何もしないとは言っていないぞ」

今度は脅迫か。
やっぱり白起は信用できない。
私は白起をにらみつけて答えた。
「殺すならご自由にどうぞ。知らない私にはどうしようもありませんから。」

すると白起は突然、笑顔になり言った。
「お前のその黒い髪、きめ細かい肌、綺麗な顔。全てが美しい。その上、心も美しいのか。ますます欲しくなった。どうだ?俺の女にならないか?」

それは私と白起の長い関係の始まりだった。