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「おじゃま、しまーす」


夜も更け、淵くんの住むマンションは静かだった。玄関先で声を出せば暗い奥の部屋に声が少しばかり響く。

気のせいだろうか、花のような香りがした。

彼は靴を脱ぎながらクスクスと笑う。


「そんな緊張しなくても大丈夫だよ、同居人もいるし」


また念を押すように私に声を掛ける。


「どうきょ……?」


言葉の意味が理解できずに、復唱する。

その間も彼は部屋に上がり奥へと足を進めていく。


「そうそう同居人。あ、どうぞ上がって」


何てこともないように言うけれど、遅れて理解すると気づく。

一緒に住んでいる人がいるのなら、こんな深夜に来てしまったら迷惑ではないのだろうか。

そもそもがそんな話今まで一度だって聞いてない。


「淵くん、私……」


やっぱり帰るよ。と言いかけた時に一つの声に阻まれた。


「にゃあ!」

「……猫?」