『もう行ってしまうのですか…?』


この国に見慣れないトートバックを持った虎太くんが、荷物を渡すのを渋りながらそう言った。

私は、弱々しく笑って答える。


「うん。…ごめんね。大事な時に…」


ふるふる、と、首を横に振った虎太くん。少年は、おずおずと“彼”の名前を口にする。


『伊織さまに挨拶をしないで、本当にいいのですか…?』


(…!)


ぴくり、と肩が震えた。門の前で私を待つ千鶴も、その言葉に視線を向ける。


「…大丈夫。きっと、伊織は今忙しいから。」


『姫さま…』


時刻は午後六時。日が傾いてきた。もうじき夜だ。

昨夜の記憶が蘇るが、泣きそうになる前に必死でかき消す。


「…じゃあ、私、いくね…!今までありがとう。」


『…っ、お元気で…!』


悲しそうな顔を隠して手を振る虎太くん。門にもたれかかっていた千鶴の前まで来ると、彼は何も言わずに体を起こした。

流れていく町並み。夜に包まれていく、その美しい景色は、きっと二度と見れないだろう。


『…姫さん。』


ふと、千鶴が私を呼んだ。すっ、と彼を見ると、何かを悩んでいるような千鶴が私に言いかける。


『いいのか。伊織とこのままで。』


「…!」