酒蔵の人との打ち合わせを済ませた車内。
 倉林支社長が口を開いた。

「西村さんの行きつけにもう一度連れて行ってくれないかな?」

 優しく言った彼は仕事の雰囲気を纏った倉林支社長のまま。
 上司として連れて行って欲しいのかな?と、真意がつかめずに「えぇ。分かりました」と固い返事を返した。

 連れて行って欲しい行きつけ、と言えば一つしかない。
 彼の運転で私達は『だんだん』を目指した。

 駐車場に着くと車を停めた彼が私の手を取った。
 そしてその手に優しくキスをした。

 一瞬で倉林支社長から崇仁さんに変わったのが分かった。

「俺の緊張が伝わったのかな。
 花音はいつもの花音でいて。」

 微笑んだ彼が私の髪を優しく撫でて頭に手を添えると、そっと引き寄せた。
 柔らかく重ねた唇にトクンと胸が高鳴った。

「さぁ。行こうか。」

 緊張を口にした彼は、前に『だんだん』で拒絶されたことをトラウマに思っているのかな。
 さすがに『だんだん』のおじさんも彼のこと前みたいに冷たく帰したりしないはず……。

 私は小さく緊張しながら彼に続いて『だんだん』と描かれた暖簾をくぐった。