『挨拶が後になってしまい、すみません。萌や美園さんと同じ職場で働いている”時枝”と申します。今日はせっかくお誘いいただいたのに、こんなに遅くなってしまって申し訳ありません』

室内に戻り、今日集まった一同を前に、いかにも仕事帰りの拓真君が、丁寧すぎる挨拶と謝罪を行い、その間も、右手にはしっかりと繋がれてる私の左手。

拓真君なりに考えた”恋人演出”なのか、デッキで抱きしめられて以降、ずっと繋がれたままで、過剰な演出とはいえ、さすがに恥ずかしい。

『いえ、こちらこそ、忙しい中わざわざ来てもらって…』
『萌の大切な友人なら、私にとっても同じですから』

あまりにも堂々と、照れもせず話す拓真君に、嘘っぽさは微塵もなく、おそらくここにいる誰もが疑うことなく、騙されたに違いない。

唯一、これがすべてフェイクだとわかっているはずの美園でさえ、普段と違い過ぎる拓真君を前に、言葉も発せず、ただただジッと凝視している。

冷静沈着な美園が驚くのも、無理はなかった。

正直この一週間ずっと一緒にいた私は、その声や仕草で、かろうじて本人であるとわかるけれど、職場の”時枝拓真”しか知らない人にとっては、わかる人はいないかもしれない。

それ程に、今日の拓真君は、外見や話し方、醸し出す雰囲気まで、すべてが違っていた。

スラリと高い身長で、シュッと背筋を伸ばし、普段見慣れない仕立ての良い濃紺のスーツを着こなしている様は、一見すると”デキル男”の品格さえ、持ち合わせている。

しかも、ある種職場では、彼の”トレードマーク”になっていた、分厚い黒縁の眼鏡も今日は無く、更に常に伸ばしっぱなしだったはずのボサボサの髪は、スッキリと短く切られていた。

もはや外見だけで言えば、いつもの…冴えない彼とは真逆の、”別人”のよう。