土曜日 

去年の秋、突然中途採用で入ってきた”時枝拓真”は、見た目も行動も怪しくて、その上人が集まる場所にはほとんど姿を現さず、プライベートは謎。

…というより、そもそも執務室の一番隅にあるデスクで、誰とも深く関りを持たずに、常に鳴りを潜めている彼のプライべートなど、誰も興味を持つことさえなかったのかもしれない。

その外見から、いつしかまことしやかに”アニメオタク”だの”地下アイドル好き”だの、各々が勝手な妄想を膨らませ、彼のイメージを固めてしまっていた。

だとしたら、あいにくの雨模様の中、数10メートル先の待ち合わせ場所に佇む、”時枝拓真”は、全くの別人と言わざるを得ない。

駅ビル内の大きなガラス窓の前に立ち、シトシトと降る雨をバックに、スラリとした長身で背筋を伸ばし、軽く腕を組み、何やら熱心にスマホの画面を見ている。

スーツ姿ではない私服姿の彼を初めて見たけれど、それこそ勝手に想像していたヲタク系ファッションではなく、ベージュのチノパンにシンプルな白いシャツ、その上にネイビーのカーディガンを羽織り、落ち着いた大人コーデ。

同じ年のはずなのに、不思議と少し年上にさえ見えてしまう。

『拓真君』

声をかけると、視線をあげてこちらを見て、何故かホッとした表情を見せた。

『ごめん…もしかして、結構待っちゃった?』
『いや、たいして待ってはない…けど、良かった』
『良かった?』
『昨日、帰り際に変なこと言っちゃったから、もしかして来ないかと思って…』

不意に、昨夜去り際に囁かれたセリフを思い出す。