「おはようございます、よく眠れましたか?」

 女性にしてはやや低めの声がライラの耳元に届く。目を開け、がばりと身を起せば煉瓦色の服に白い前掛けを身に纏った年配の女性がベッドの傍らに立っていた。

 銀に近い白い髪はきっちりと後ろでまとめ上げられ、たるみのひとつもない。逆に顔に刻まれた皺の数は彼女の年齢をしっかりと物語っていた。

「あの」

「マーシャ・ブラオンです。陛下から貴女の身も周りのお世話を仰せつかりました。瞳の件も聞いております」

 ライラは慌てて手櫛で髪を整えながらマーシャに向き直る。

「すみません。どうぞよろしくお願いいたします」

「ご安心ください。私はこれでも陛下が赤子の頃からお世話をしてきた身でもありです。どうぞ心を許し、なにかありましたら遠慮なく仰ってくださいね」

「はい、ありがとうございます」

 マーシャはあまり感情が顔に出ないタイプだった。口調も一本調子で厳しい印象を与える。しかし、かけられた言葉に嘘はないのが伝わってきてライラは口元をわずかに綻ばせた。

「さっそくですが、まずは朝食にしましょう。お召し物も合わせないとなりませんし、髪も整えねばなりませんね。急かすようで申し訳ありませんが、バルシュハイト元帥がいらっしゃるまでに支度を済ませるよう言われておりますので」

 そういえば城の中を案内すると言っていたのを思い出す。結婚する相手だというのに、スヴェンに会うのがライラは少しだけ怖かった。また、あの冷たい瞳を向けられたらと思うと胸が苦しくなる。