「ねえ、帳さん。少し良い?」


そう私に声をかけてきたのは、
この間
功に振られていたハーフで美人の林先輩。


「え?何ですか?」


大体予想のつくその呼び出し。


「ここじゃ話しづらいから、こっちきてくんない?」


先輩が親指で反対の校舎を指差す。
なんか……圧がすごい。



「来るよね、帳さん。」


「あ、は、はい。」



そして連れてこられたのは空き教室。
何というか、少し埃っぽい。


「あなた、確か功くんの幼馴染なのよね?」

情報が出回るのはやっぱり女子が速い。


「はい。そうです。」


「だったら功くんに近づかないでよ。」


「え?」


「え?じゃないわよ。
功くんを狙っている女の子は沢山いるの。

そんな中あなただけがいつも功くんの隣に居るなんて許されるはずがないのよ。」



先輩の目はもともとぱっちりしてるのに、
今はその倍まで見開いていて、
恐怖さえ感じた。


功がいくらモテるからって、隣にいることも許されないの?


なんでそんな事…言われなきゃいけないの?



「嫌ですっ!」


「は?何言ってるの?あんた身の程知ってんの?大ブスが!」


大ブス……そんなの知ってるよ!
林先輩みたいに、可愛くなれるわけないじゃん!


「大ブス……お、お言葉ですが、先輩にそんな事言える権利あるんですか?
とっくに、振られてますよね。」


「なっ!あんた……知ってたのね。
それを揚げ足に取るなんて、あんた生意気なのよっ 、」


先輩はそう強く言い終えた後、
その勢いで
私の肩を突き飛ばした。



「なっ何するんですかっ!?」

打ち付けたところがジリジリと痛む。

「そんなの罰当たりに決まってるじゃない。あははっ

気分がいいのね、こういう事すると…。」


そして先輩が手にしたのは、
教室に置いてあったバケツ。中には水も入っている。


「何が幼馴染よ。抜け駆けしないで!」



先輩は、そのバケツを振りかぶって…




バシャッ




勢いよく水がかかる音。



今絶対かかった。
絶対あれ古い水だった。

この後どうしたらいいんだっけ?
保健室?



でもおかしい。全然冷たくない…
濡れてる感覚も、予想以上に少ない。


そう思って瞑っていた目を開けると…




「こ、功!」



そこには、
私の前でびしょ濡れになっている功。

ポタポタと落ちていく水滴と

それを見て唖然とする先輩。



彼は振り向き、

「ごめん梨乃。遅れた。」


そう言った。
少し息も上がってる。
きっと走ってきてくれたんだ。


「遅れたって何?だって私は…」


「梨乃がいないことに気づいて探してた。」


「そ、そっか。
十分間に合ってるよ。功…ありがとう。」

功の姿を見たからか、私は胸を撫で下ろす。



すると功は先輩の方を向く。

「こ、功くん、これは違うの!
ちゃんと訳があって。」


「訳って何ですか?
訳がどうであろうと、
していけない事くらいわかりませんか?」


「そ、それは…」


「もう梨乃に、近づくな。」


功は、そう強く言い放つ。


どうして?
功だって水かけられて、もっと言いたい事だってあるはずなのに。

どうして功は、
いつも私の事ばかり庇ってくれるの?


先輩は耐えられなくなって、

「どうぞその大ブスとお幸せに。」

そんな言葉を残し、教室を後にした。



ブス…か。
言われなくても分かってるよ。そんな事。

功に釣り合わない事くらい。


「梨乃、大丈夫?
あの人の言う事、気にしなくて良いよ。」


功は私の前で屈む。

やっぱり私のせいで功はびしょ濡れで…


「功、ごめんなさい!ごめんなさいっ、」


私は思わず功に抱きつく。

制服を伝って、冷たい感触が……。
いつもの功は温かいのに、
今日の功はとても冷たい。

そう思うと余計申し訳なくなった。


「梨乃、梨乃まで濡れちゃうよ。」


「そんなの良いっ、功、ごめんね。」


「何で謝るの?
梨乃だってきっとそうしてたでしょ?」


「功…」

私は彼を強く抱きしめる。

そして功も、最初はためらっていたが、私の頭を徐々に熱を取り戻したその手で
優しく撫でた。