「文ちゃんは遅い時間しか来ないし、もう帰りな。」



喫茶店で夏目を待つ私に、マスターが声をかける。



確かに冬至はとうに過ぎたとはいえ、2月の昼間はまだ短い。



夏なら夕暮れという時間にもかかわらず、外が暗くなっているから帰るように促される。



マスターは夜の営業に向けての準備に忙しく、ゆっくり話を聞いてくれる雰囲気じゃないし…。



前みたいに、夏目に話聞いて欲しかったんだけどな。



「うん、分かった。」



私はそう言うと、喫茶店を出た。



積もり積もったモヤモヤ感を抱えたまま、さらにストレスが溜まるだけの家に帰りたくない。



そんな私が向かった先は、学校だった。



運動部が片付けをしている頃、私は部室へ向かう。



坂下から貰った合鍵を使って、中に入った。



自分の書道具を机上に並べると、墨をする。



慣れ親しんだ墨の香りのせいか、こうしていると少しだけ落ち着くことができる。



相変わらず、家では筆をとらない私だから…。



一心不乱に書き始めた。



どれくらい経っただろうか、静寂を破るかのように突然ドアが開く音が聞こえた。



「桐生、こんな遅くまで何してるんだ!?」



振り向いた私の目に映ったのは、蒼だった。



時計に視線を移すと、夜の10時近く。



意外に時間が経つのが早くてびっくりしたのと同時に、蒼がこんな時間まで学校にいることにも驚いた。



「鬼マサこそ…。」



「なかなか、仕事が終わらなくてな。

一段落ついて窓の外見たら、電気点いてるから覗いてみたら…。」



私がいて、びっくりした…ってとこか。



「時間も忘れるほど、没頭していたのか?

とりあえず遅いし、片付けは良いから帰ろう。」



床には、私が書いたものが辺り一面に散らばっていた。