一


 一度も足を踏み入れたことのないクラスの前で、足をピタリと止めた。

 ――勇気を出せ、吉川(よしかわ)きり

 この教室に“彼”がいるはず。

 さあ、出陣だ!

「あの」

 声をかけたのは、私ではない。

 背後から誰かに声をかけられたのだ。

 まさかお目当ての彼かな、なんて都合のいい期待をして振り返るとそこにいたのは――

「……そこ」

 誰?

「どいてくれませんか」

 どうやら入り口から中を覗く私が邪魔で教室に入れない、ここ、A組の生徒らしい。

「ごめんなさい!」

 私が道をあけると、それ以上なにか言うわけでもなく、教室に入っていく。

 重い前髪と丸眼鏡で顔はよく見えなかったし、ボソボソっと小さな話し声は聞き取るのが大変だった。

 ――絵に描いたような、地味メン

 学ランのボタン、きっちり全部とめてた。

 寝癖、直さずにきたのかな……

 って今は地味メンを観察している場合ではない。

西条(さいじょう)くん……どこ?」

 今、一番会いたい男子生徒の名をつぶやく。