2階にある自室に篭り明日、自分がしなければならない事柄をまとめてみようとノートを開いた。

 ――香織さんの最期の願い。彼女の想いを全部叶えてあげたい。

 出逢ったときに言っていた台詞を、一生懸命に思い出してみる。

「確か……コンクールで弾く課題曲を、音楽室にあるピアノで練習をしていたんだったよな」

 コンクールという文字を、何とはなしにノートに書いてみた。練習していた曲を弾きたくて、あの場所に留まっている香織さん。もしかしたらただ弾くだけじゃなく、それを誰かに聴いてもらいたいという想いがあるのかもしれない。

「そうだよ、きっと。聴衆が必要なのかも……」

 コンクールの文字の横に聴衆と書いて、腕を組んでしまった。

 ここで問題が発生する。これをするということは、憑依された自分の姿を人目に晒すことになるから。

「う~ん、それだけは避けたいんだよな。憑依されて上手くコントロールができなかった場合を考えると、何をしでかすか分からないワケだし」

 香織さんが暴走するはずがないだろうけど、正直なところ不安はまったくといって拭えない。

「だけどひとりでも多くの人に彼女の弾くピアノを聴かせられたら、すっごく喜ぶんだろうな」

 俺が出した小さいピアノを見て、嬉しそうに微笑んだ姿を思い出した。それよりも実際のピアノで弾いて人に聴いてもらったほうが、絶対に悔いが残らないだろう。

「俺ができることは、一体何か――」

 自分のできそうなことを考えながら試行錯誤を繰り返し、ノートに書き込んでみる。それをもとに次の日、岡田と鈴木に声をかけてみた。

「おはよ。コンテストの写真、いいのが撮れたか?」

 朝からふたりして顔を突き合わせながら、机の上に数枚の写真を広げていた。熱心に話しこんでいたところを掴まえる。

「おはよ、三神。どれにするか絞り込み中さ。それよか昨日の写真の件、お前の母さんは何か言ってた?」

「それがさ、ふたりにお願いがあって来たんだ。今日の放課後、暇?」

 俺の言葉に、ふたりが互いの視線を合わせた。かなり不安げな表情を浮かべている。

「なになに……。俺らお祓いしに、お前の家に行かなきゃならないとか?」

 怯えた顔して鈴木が言うと、岡田は顔を青ざめさせた。

「やっぱり、呪われてしまったのか?」

「そうじゃないって、安心しろよ。実はさあの幽霊、お前たちに自分が弾くピアノを、聴いてほしかったみたいなんだよ」

「え……?」

 聴衆は多い方がいいのかもしれない。けれど何かあったときのために、多すぎてもいけないと考えた。だったらこの件に関わりのあるふたりなら大丈夫かなと、思いきって誘ってみる。

「それで放課後、音楽室でピアノを聴いてやってもらえないか。きっと満足して、成仏してくれるだろうからさ」

 ふたりに向かって、両手を合わせる。

「幽霊を呼び出すんだろ? 大丈夫なのか?」

 うーんと考えながら岡田が呟いた。それに合わせて鈴木が頷く。

「ちょっと、不安だったりする」

「幽霊は俺の中に閉じ込めて、お前たちには危害を加えないようにさせるから大丈夫。信じてほしい」

「ええっ!? 三神ってば、そんな力があるのか?」

 まじまじとふたりに見つめられ、ちょっと照れくさかった。

「うん、何か最近目覚めちゃってさ。だけどこのことは、どうしても内緒にしていてほしいんだ。困った幽霊の手助けをしてるだけだから」

 後頭部を掻きながら苦笑いして言うと、岡田が肩を優しく叩いてきた。

「すげー、カッコイイよ三神。隠してるのが勿体ないと思うぞ!」

「人助けと言わないで、幽霊を助けるなぁんて言えるのが三神らしいよな。そんなお前を信じるよ」

 鈴木が右手を差し出してきたので握手すると、ぎゅっと握り返してエールを分けてくれた。

 こうして俺はふたりを引き連れ、放課後音楽室に乗り込んだのである。