ケータイ小説 野いちご

あなたの中の愛しい人

第5章 スキナヒト



「おはよう!」

 大学へ向かいながらとぼとぼと歩いていると、背中を思いっきり叩かれた。びっくりしすぎてハルちゃんの顔をじっと見るだけで、「おはよう」とは返せなかった。

「なんでそんなにビビってんの?」

 ハルちゃんはハハハと笑う。

「びっくりするよ、ふつう」

「また、あのナントカさんのことを考えてたんでしょ?」

「え?」

 なぜわかるのだ。でもよくよく考えてみれば、学校に行っては「どうしたらいいの」と嘆き、バイト中も上の空だ。ご飯もろくに喉を通らず、少し痩せたのはラッキーだが、永井さんのことを考えるのが日常になってきて、考えているのかどうかもわからなくなっていた。頭の中が麻痺しているみたいだった。

「考えてないよ」

「絶対考えてたね」

 もうやめてよぅ、と言いながら歩き続ける。

「最近は会ってるの?」

「うん、この間ご飯食べに行ったよ。帰りも家まで送ってくれた」

「ふぅん。で?」

「で?」

 ニヤリと笑いながら私を見つめている。もっとなにかあるでしょ、と目で訴えられているような気がした。

「彼氏になってもらえそう?」

「なんでそうなるの? 気になる人がいるって言ったじゃん」

「そんなもの、嘘だよ。気になる人はチーちゃんのことだよ。だって、連絡もよくするんでしょ?」

「よくってほどじゃないけど。気になる人は私じゃないよ」

 そうだったら。本当に気になる人が私なら。何度もそう思った。けれど、私じゃないのはわかっている。頭の中で、久米茉莉の顔が浮かんできた。なんであの人が、と頭から振り払う。

「告白はしないの?」

「じゃあ逆に聞くけど、振られるってわかってて告白する?」

「しない」

「ほら、しないんじゃん」

「でも、好きになってもらえばいいじゃん」

「どうやって?」

「好きな人がいるんだって、相談に乗ってもらえばいいよ。好きな人を自分だと匂わせるように相談すること。『もしかして俺のこと好きなの?』って思ってもらえたらラッキー。好きになってくれた人のことって、意識しちゃうと思うよ」

 連絡先を聞いて、たまに連絡をして、ご飯を食べに行って、遊んで。どうしたら「好きです」と言わずに好意を伝えられるのだろう。永井さんのいないところでは、こんなにも好きだと言っているのに。

「私にそんなことできると思う? 駆け引きだとか、そういうことは苦手なんだよ。ハルちゃんみたいにかわいくて、さらっとそうやって甘えられる女の子がうらやましい」

「そう? 男はいつでも頼ってくれる、か弱い女の子が好きなの。ひとりでなんでもできちゃう女の子は、自分が惨めになるから怖いんだよ。女より上に立っていたいからさ。演技でもいいからやってみたら?」

 演技したところで、私の望む永井さんは手に入らない。今までと同じように付き合っていたいのだ。ただし、バイト先で知り合った妹みたいな後輩、ではなくひとりの女として。「好きだ!」と叫びたくなることはあっても実行しないのは、やっぱり永井さんには気になる人がいて、久米茉莉という多分きっと大きな存在だった人物がいるとわかっているからだ。そのふたりを差し置いて、自分の方へ永井さんの気持ちを惹きつけられる自信がない。そして、今のような関係を壊してしまう気がして一歩が踏み出せなかった。私の思いが永井さんにとって重荷になる気がして、伝えることが怖かった。でもそうやって、私は本当の恐怖を遠ざけているのかもしれない。たとえば、本当に好きでたまらないということを伝える、という恐怖から。永井さんの口から、本当のことを聞くという恐怖もあるかもしれない。

「でもさ、好きだって伝えて迷惑になることはないんじゃないかな? 本当に生理的に無理な人じゃない限り、たとえダメでも『ごめんなさい』ってなるだけで、自分のことを好いてくれていたんだって、いい印象が残ると思わない?」

「気まずいじゃん。自分のこと好きだってわかって、振ったのにまたご飯行こう、とか遊びに行こうって誘いにくくならない? 相手に期待させちゃう気がしてさ」

「考えすぎでしょ。たまには思い切って行動しなよ」

 ハルちゃんは目を細めて笑った。私もハルちゃんみたいになれたらいいのに。元気で明るくて、男の子も女の子もみんなハルちゃんと仲良くなりたがる。私にはない魅力だ。

「ハルちゃんはどうやって付き合うことになったの?」

「え? 私は、なんか好きだってことが相手にばれちゃってて。『俺のこと、好きなの?』って言われた。私から告白したみたいにされたから、未だにそれだけが納得いかないよね」

 そうは言ったが、ほんのりピンク色になった頬を見る限りそうとは思えない。幸せそうだ。

 いいなぁ。でも、私は永井さんと付き合いたいと思っているわけではない。ただ、もっと仲良くなりたいのだ。どれだけ仲良くなりたいの? と訊かれると難しいが、もっと永井さんのことを知りたい。

「私のことよりさ、チーちゃんがどうやってアプローチするか考えよう」

「ちょっと楽しんでない?」

「楽しいよ! 片想いが一番楽しいじゃん?」

 そうなのかな。今、だいぶ苦しいけど。ハルちゃんいわく「なんてメールしよう」「私のことどう思ってるのかな」「メールが来ない」「電話が来た!」とちょっとしたことで一喜一憂できるのが楽しいのだそう。まぁ確かに、連絡が来たときは空も飛べそうな気分だ。「連絡来たよ!」と誰かについ話したくなってしまう。これが、恋ってやつか。



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