ケータイ小説 野いちご

あなたの中の愛しい人

第4章 シンチュウ



「昨夜、名古屋市内のホテルで女性の遺体が発見されました。発見したホテルの従業員の話では、客から『叫び声が聞こえてくる』と連絡があり、駆けつけると胸から血を流した女性が倒れており、すでに息を引き取っていました。死亡した女性は市内に住む久米茉莉さん三十一歳。同室に宿泊していた無職男性は『一緒に死んでくれと頼まれた』と事情を話しており、警察側は殺人事件の可能性もあると調査しています。それでは次のニュースです……」

 安っぽいラブホテルの映像と共に、アナウンサーが淡々と話す声が頭の中に張り付いた。画面上の文字に目が釘付けになる。

「久米茉莉……」

 あの手紙の送り人ではないか。いやまさか。そんなはずはない。昨日たまたま手紙を拾って、そんな偶然あるものか。そんなわけない。

 かじりかけのトーストを置いて、私はリビングから飛び出し、自分の部屋へ行くと引き出しを開けた。

「永井大貴様、久米茉莉」

 やっぱりそうなのか。永井大貴は私の好きな永井さんのことで、久米茉莉は昨日の赤いマフラーの女。さっきニュースに流れた人なのか。

 これが遺書だったらどうしよう。久米茉莉から永井大貴に宛てた、遺書だったら。手紙を持つ手に力が入る。しかし、これの存在を私と久米茉莉以外誰も知らないはずだ。もし本当に遺書ならば、読んでほしいものならば、私ならもっとわかりやすい場所に、むしろ直接本人に渡す。読んでもらえないことを想定するからだ。でもそうしなかった。久米茉莉は駅前のクリスマスツリーの根元にそっと置いて行った。きっと違う。この手紙は直接本人には読んでほしくないのか、読まれることを恐れているのかもしれない。

 警察に届けるべきなのか。永井大貴に渡すべきか。それとも、誰にも渡さないでおくべきか。

 手紙をそっと引き出しに戻し、悶々としたまま私は家を出た。頭の中は手紙のことでいっぱいで、授業なんて全く聞いていなかった。そのままの状態でバイトに向かい、普段はしないオーダーミスを二回もした。

「ちょっと、上松ちゃんどうしたの? 一日に二度もオーダーミスするなんて。なんかあった?」

 閉店後の厨房で、皿を洗っているとパートの大橋さんに声をかけられた。

「すみません」

 しゅんとなって謝ると、「いやいや、別にいいんだけどね。怒ってるわけじゃないし」と言った。

「なにかあったんでしょ?」

 簡単には説明できなかった。私の中でも一体全体どうなっているのかわからない。自分でもわからないことを他人にどう説明するのか。絶対にできない。

「あれ、永井君じゃない。どうしたの?」

「大橋さん、お久しぶりです。ちょっと用事があって」

 永井さんの声が聞こえると、ドキッとした。私は悪くない、悪くない、と心の中で何度も呪文のように唱えた。

「上松ちゃん、お疲れ」

「お、お疲れ様です」

 裏口のドアから少し顔を出した永井さんがこっちを見ている。動揺は隠しきれなかった。

「今日はお休みなんですか?」

「いや、休みじゃないんだけど、ちょっと休みをもらったんだ」

「なにかあったんですか?」

「うーん、まあね」

 久米茉莉のことだ。きっとそうだ。久米茉莉は誰か。永井さんにとってどんな人だったのか。

「この後空いてる? よかったらご飯食べに行こう」

「は、はい」

 正直今日は行きたくなかった。でも断れなかった。せっかく永井さんに誘われたのだ。断れない。

「もうすぐ終わるんで、待っててください」

「うん、待ってるよ」

 大橋さんが肘で私の横腹をつついてきた。

「若いっていいわねぇ」

 私は何と言っていいのかわからず、そのまま黙々と食器を洗った。

 さっさと終わらせると、すでに夜中の十二時を回っていた。十二月になろうとしているのに、外に出ると風が気持ちよかった。それは、車の中から手を振る永井さんを見つけたからだろうか。頭を軽く下げながら笑ってドアの前に立った。一瞬ためらいながら助手席のドアを開け、そのまま座る。

「お疲れ。近くのラーメン屋でいい?」

「はい。ご飯食べてなかったんですか?」

「うん、お昼食べるのが遅かったからね」

 がらがらの駐車場に車を止め、店に入る。

「なに頼む?」

「そんなにお腹空いてないんで、大丈夫です」

「それなら、ちょっと分けるよ」

 店員にチャーシュー麺とお椀を注文すると、私の顔を見てにこっと笑った。

「どうしたんですか?」

「いや、なんでかな、また上松ちゃんの顔が浮かんでさ」

 嬉しいのに、正直に喜べなかった。どうして私を困らせるようなことを言うんだろう。もう気持ちがバレているんじゃないか。

 私は愛想笑いをし「今日はなんでお休みにしたんですか?」と聞いた。

「うん」

 永井さんは声を出してうなづくと、コップの水を飲んだ。私も同じように水を飲む。

「知り合いが亡くなったんだ」

 どくんと心臓がはねる音が耳元で聞こえた。胸あたりがズキズキと痛んで、眉間にしわを寄せてしまった。

「そうなんですか。それは、辛いですよね」

 その知り合いはどんな知り合いなのか。どんなふうに亡くなったのか。でもやっぱり、聞く勇気はなかった。

「今日はお葬式だったんですか?」

「いや、明後日にやるらしい。俺は行かないけど」

 「行かない」の言葉に、強い意味を感じ取った。なにかある。「行かない」ではなく、「行けない」ではないのか。でもなぜ。

「もう昔のことだからね」

 なにが? と聞こうとして、店員がタイミング悪くラーメンを運んできた。

「お待たせいたしました。チャーシュー麺です。こちら器になりますね」

 私と同い年くらいだろう男の人が、笑顔で器を渡してくれた。

「ありがとうございます」

 永井さんは嬉しそうに麺を少し器に分けて、私にくれた。それからおいしそうに麺をすすった。

「ここのチャーシュー麺、すっごいおいしいんだよね」

「おいしいです」

 味なんてさっぱりわからなかった。風邪をひいたときみたいに、何の味もしないが熱さだけは舌に伝わった。

 永井さんは、亡くなった知り合いについてなにか話したいことがあるのだろうか。それとも、ただ単純にいつもと同じように私をなんとなくラーメン屋に誘っただけだろうか。

 結局、久米茉莉の話は一切出てこなかった。私は今か今かと待ちかまえていたが、久の字も出てこなかった。

 自転車がバイト先に置いてあったので、私はそこで降ろしてもらった。永井さんは「こんな遅くに危ないから」と言って、自転車を積んで家まで送ってくれた。

「ラーメンまでおごってもらっちゃって、ありがとうございます」

「いや、俺が誘ったんだし。学生は貧乏だしね」

 自転車を降ろしてもらいながら、私は御礼を言った。

「じゃあ、またね」

 永井さんは車に乗り込み、軽めのクラクションの音がすると、車はゆっくり前進した。

 父も母も妹も誰もが寝静まった家にこっそりと帰ると、私はちょっとだけ大人になった気分だった。

 とりあえずさっさとお風呂に入り、すぐベッドに潜る。

 あの手紙には、一体どんなことが書かれているのだろう。久米茉莉は、永井さんとどんな関係だったのだろう。久米茉莉が片思いしていたのかもしれない。もしかしたら、かつての恋人だったのかもしれない。

 あらゆる想像をめぐらせていたが、だんだんと馬鹿らしく思えてきた。

 もしかしたら、私が考えるほどの内容ではないかもしれない。これほどに読むのをためらい、持って帰って来てしまったことに罪悪感を持っているが、それに値しない内容かもしれない。なにが書いてあるかなんて、読んでみない限りわからないのだ。

 私は暗くした部屋の電気を再びつけた。多少暗闇に目が慣れたせいで、突然の光に目がびっくりして、目を細めた。

 引き出しを開け、手紙を取り出す。




 さあ、開けろ。




 心の中で声がした。

 私は震える手で、慎重に封を開けた。便箋が破れないように、丁寧にはがした。

 恐ろしく小さな、とてもきれいとは言えない文字がつらつらと並べられていた。紙は何枚も入っている。長い手紙だった。

 深く息を吸い、読み始めた。一行目を読んだとき、もう後には戻れないと思った。



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