ケータイ小説 野いちご

あなたの中の愛しい人

第3章 オトシモノ



 クリスマスまでまだ一カ月以上あるというのに、街中はどこもかしこもイルミネーションでキラキラしていた。大きなクリスマスツリーが、駅前にどっしりと構えている。今はまだ飾り付けが寂しいが、これが一カ月後には一際目立つ存在になる。クリスマスを過ぎればただの木だが。

 私にもう少し勇気があれば、気になる人がどんな人なのか聞けたのに。

 いや、聞いたところでなにになる。

 でも聞きたい。

 どんな人で、今どんな状態なのか。例えばもうお互いの気持ちがわかっているようなものなのか、それとも永井さんの片想いなのか。聞いてみたい。

 でもやっぱり聞きたくない。

 私は人ごみの中叫び出したくなる衝動を抑えた。腹の底から声を出して叫びたかったが、そんなことをしたら私は異常者だ。

 赤いマフラーをした女が前を歩いていた。香水のにおいがきつくて顔をしかめながら後ろを歩く。頭がクラクラした。香水をつける人の気がしれない。あんなにつけなくたっていいのに。

 あとをつけているわけではなく、たまたま向かう先が同じなのか、クリスマスツリーの真下までやって来た。この時季になると、ここを待ち合わせ場所に使う人は多い。

 時計を見ると、まだ約束の時間より十分前だった。梨子からの連絡はない。私が早すぎたのか。

 赤いマフラーの女も誰かを待っているのか、じっと駅の方から流れ出て来る人ごみを見つめていた。私も同じ方を見て、梨子の姿を探す。

 待ち合わせの時間になった。と同時に梨子からメールが届いた。あと十五分はかかるという内容だった。

 くそぅ、あんなに慌てて家を出たのに。もっとゆっくりできたじゃないか。なんて思いながら回りを見た。

 赤いマフラーの女も、まだ誰かを待っている。私と同じで、相手が遅刻しているのかもしれない。女は鞄に手を入れた。連絡でも取るのかと思いきや、手紙を取り出した。あたりをきょろきょろと見回している。私はさっと目を反らした。そして、また視線を戻す。

 取り出した手紙をじっと見つめ、女はツリーの根元にそっと置いた。そして見向きもせずそそくさと人ごみの中へ歩き始めた。無意識に手紙の元へ足が動き、拾い上げた。なぜかドキドキしている。真白な封筒だった。わざと置いて行ったに違いないが、追いかけて渡すべきか。しかし、何と言って。「忘れ物ですよ」は違うだろうし、「置いていかないでください」も変だ。手紙を持ったまま女が向かった方を見た。女はとっくの昔に消えていなくなっていた。

 置いてあった場所に戻せばいいか、となんとなく裏面を見た。住所は書いてなかったが、名前が書いてある。

「永井大貴様……」

 まさか、そんなはずがない。でも、同じ名前で同じ漢字だ。その下に、小さく「久米茉莉」と書かれていた。あの女は、誰なんだろう。

「お待たせしました」

 梨子がぽん、と肩を叩いた。私は思いのほか驚いて身体がビクンと跳ねた。

「そんなにびっくりしなくてもいいじゃん」

「いや、ごめん。ちょっと考え事しててさ」

 私はさっと鞄に手紙を滑り込ませた。

「どうせまたナントカさんのことでしょー」

 いつもなら「ナントカさんじゃないって」と言い返すところを、「あ、うん。そうなんだ」と簡単に返事をして笑った。

 持って行ってはいけない。久米茉莉という人が永井大貴という人に宛てた手紙なのだ。しかし、私は悪くない。悪くないのだ。赤いマフラーの女は、絶対にわかっていたはず。あんな大勢の人が通りかかる場所に手紙を置いて行ったのだから、誰かが見つけて読むことを想定していたはずだ。もしかしたら、私の知っている永井大貴さんへ宛てた手紙かもしれない。だとしたら、届けることだってできる。住所がわからなくなって、出そうにも出せなくなった手紙かもしれないのだ。私に拾われてむしろラッキーではないか。

 拾ってはいけないとわかっていて、でも持って来てしまった後ろめたさを私は精一杯心の中で正当化させていた。無理やりな後付けだ。

 梨子といる最中、ずっと上の空だった。手紙のことが気になって仕方がなかった。遊んでいる最中に手紙を読むどころか触わるタイミングなどなく、電車の中で鞄に手を忍ばせたが、ここで久米茉莉と遭遇したらと思うと怖くて取り出せなかった。

 家に帰るとすぐに手紙を鞄から取り出した。便箋をじっと見つめて、封を開けるか考えた。手のひらに乗せると、中身はぷっくりと膨らんでいて、重たかった。

 開けようか。でも、開けたらダメだ。

 しっかりと糊付けされた封を何度もはがそうと力を込めるが、寸前で止めた。封を開ける勇気はなかった。まだダメだ、と心の声がした。

 引き出しの奥にしまい込むと、私はベッドに潜った。明日考えよう、そう思いながら、身体がどんどんベッドに沈んで行くのを感じていた。

< 3/ 27 >