「うーん、瑞樹(みずき)、もうちょっとだけ寝かせて」

ペチペチと頬を叩く小さな手。その主に懇願するも全く取り合ってくれない。

「こら瑞樹、言うことを聞かないと、こうしちゃうぞ!」

小さな体を抱き締め、ウニウニと頬と頬をくっ付けるとキャッキャッと声を立てて笑い出す。

はぁぁぁ、何て可愛いんだろう。

瑞樹は二歳になったばかりだ。あんよも上手になったし言葉も増えた。順調な成長に喜びを感じるが……この姿を姉に見せたくても、もう姉はいない。



姉からSOSの電話を受けた日、姉は男の子を出産した。
だが、当然そこにいるべき旦那さんの小金啓治の姿はなかった。

駆け落ちをして半年が過ぎた頃から徐々に関係がおかしくなっていったらしい。結局、貧乏な生活に耐えきれなくなったようだ。

そして、姉の妊娠が分かった途端、忽然と姿を消したと言う。姉は捨てられたのだ。

本当に最低な男だ。

姉はお腹の子を思い、家に戻らなかったようだ。
当然だ。そんな男の子供だ。両親が許したとしても兄は絶対『おろせ』と言っただろう。

男に逃げられ身重の体で、姉は相当無理をしたのだと思う。産後の肥立ちが悪く、病床に伏したまま間もなく亡くなった。

姉の最後の言葉は、『瑞樹をくれぐれもお願い』だった。