恋に落ちるのなんてほんと一瞬。
落ちた瞬間、あなたの言葉やしぐさ、すべてにドキドキしてしまうの。

「やっぱり加奈は寒色系じゃない?」
「あー、わかる。ピンクって感じではないよね」
「……そうかな?」

休み時間にクラスの子たちと、夏休みに行こうと予定している海で着る水着について、どんなのがいいか話している。
たいてい私は、「寒色系」が似合うと言われる。
言われ過ぎて、自分でもそうなのかな?って思って、何につけても寒色系のものを買ったりするのだが、ちょっと納得がいっていない。

なぜなら私は、淡い暖色系が好きだから。

でもそんなことを言うと、「え~?絶対寒色系のほうが似合うって」と言い返されて、意思の弱い私は流されてしまう。

「ねえねえ、男子はどう思う?」

クラスメイトの1人が、近くにいた男子に話を振る。

「別に何でもいいんじゃね?」

心底つまらなさそうな返答に、女子一同膨れ上がるが、

「成瀬はピンクが似合うと思うよ」

突然指名された私は、驚いて目を見開いた。

「え?私?ピンク?」
「そう、ピンクとか、淡い色かな」
「いやいや、加奈は寒色系の方が似合うでしょ~。いくらなんでもピンクはないわー。ねえ?」

友人が笑いながらツッコミをいれているのを視界の端にぼんやり映しながら、「ピンクが似合うと思うよ」という言葉が頭の中をぐるぐるした。

本当は私、ピンクがいいの!わかってくれて嬉しい!

とは声にはならずに、ただただ胸がぎゅっとなるのがわかった。

彼は、入江くんは密かに想いを寄せる人で、片想いとまではおこがましくて「素敵だな」なんて思っていただけだったけど、たぶんこの時に、ストンと恋に落ちてしまったんだ。

気付けば目で追ってしまう。
そんなに接点があるわけじゃない、ただのクラスメイト。
会えば挨拶も交わすし、たわいもない話だってする。

だけど入江くんは、誰とでもそんな感じだし、狙ってる女子も多いと聞く。
私の片想い…なんだけど、別に付き合いたいとかそこまでは思わなかった。だって平凡な私が、クラスで人気者の彼に相手にされるわけがないもの。

友人が男子に水着の色を聞いたせいで、数人の男子も一緒に海に行くことになった。
そのメンバーに入江くんもいて、私は意を決して淡いピンク色の水着を買った。

今までだったら絶対ピンク色なんて買ってないけど、入江くんが「似合うと思う」って言ってくれたから。

だからちょっとだけ勇気を出してみたんだ。


「え~?加奈、ピンクの水着にしたんだ!」
「うん、可愛かったから」
「ピンクもイケるじゃん♪」

あんなに寒色系推しだった友人が、いともあっさりと褒めてくれて、少々拍子抜けしてしまった。
入江くんにも「似合ってる」って思ってもらえるだろうか。

そんな淡い期待を胸に秘めながら今日を過ごしてきたけど、結局何もないままお開きの時間になってしまった。
楽しく過ごしたけれど、入江くんとしゃべったのは一言二言だっただろうか。

皆と別れてから、私は何を期待していたんだろうと、自己嫌悪に陥った。

楽しかったからそれでいいじゃない。

そう自分に言い聞かせてみても全然納得いかなくて、その時になってようやく、自分の中で入江くんへの気持ちがどんどん膨らんでいたことに気付いた。

頑張ってピンクの水着を着たんだし、もうちょっと積極的になればよかったかな。
そういえば真理ちゃんもピンク色の水着だったな。
真理ちゃんよく似合ってて可愛かった。
そう、私なんかよりずっと似合ってた。
やっぱり寒色系にすればよかったかなぁ。

ぼんやり空を仰ぎながらトボトボ家路を歩いていたら、ふいに名前を呼ばれた。

「成瀬」
「……え。入江くん?」

そこには今の今まで考えていた想い人が立っていて、驚いて声が少し震えてしまう。

「どう…したの?」
「いや、成瀬に一言言いたくて」
「?」

入江くんが一歩近づいて、囁くように言った。

「ピンク色、よく似合ってた」

何を言われたのか、理解するのにタイムラグが発生して、私は数秒遅れて体温が一気に上昇するのがわかった。

嬉しいのに、恥ずかしくて顔を上げられない。

入江くんは、勘違いだったらごめんだけど、と前置きして

「俺がピンク色が似合うって言ったからピンクの水着にした?なんて、俺の自惚れかな…?」

自惚れなんかじゃない…

声にはならなくて、コクンと小さく頷き、

「私、本当はピンク色が好きなの…。だから…ピンクが似合うと思うって言ってくれたことが嬉しくて…」

消え入るような声に、入江くんはきちんと耳を傾けてくれて、そしてとんでもないことを言った。

「あのさ、成瀬がピンク色を身に付けると可愛すぎてやばいんだよ。だから、あの水着は今度からは俺の前だけにしてよ」
「えっ。それってどういう…」

いや、だからさ、

「成瀬のことが好きなんだ」

突然すぎる展開についていけなくて、でも言われたことは理解した私は、もうこのままどこかへ飛んでいってしまうのではなかろうかと思うほど、地に足がついていなかった。

入江くんが?
私を?
嘘でしょ?

目の前が霞んで見えなくなったけど、私は顔をあげて言った。

「私も入江くんが好きです」

入江くんの繊細な指が私の涙をすくい、そして視界が暗くなって胸がぎゅっとなった。

暗くなったのは、入江くんのシャツが目の前にあったから。
ぎゅっとなったのは私の胸が締め付けられたんじゃなくて、入江くんが抱きしめてくれたから。

泣くなよ。

心地よい胸の中で、ふっとそんな声が聞こえた。

「だって。嬉しい…」
「俺も」

私たちはしばらく抱きしめあった後、お互い顔を見合わせて照れくさくなって笑ってしまった。

勇気を出してピンク色の水着を着てよかった。

でも…。

あの水着は入江くんの前だけにしよう。
入江くんが可愛いって言ってくれたから。


【END】