「今日は私が買い出しに行きます。ついでに買ってくるものはありますか?」

「え、いいよ。俺が買いに行ってくる。お前昨日までまともに食事とってなかっただろ」

一昨日事件で依頼があり、アマネは寝食忘れて真相を暴いていた。

最初はウィルが無理矢理食べさせようとしても、アマネはウィルなど見えていないかのように反応もしない。

取り敢えずコーヒーに、栄養材(無味無臭のもの)を入れて、それを飲んでもらい。事件が解決したら、栄養のあるものを食べさせるという行動に変えたのだが。

だが、アマネはまだ今日、ちゃんとした食事をしていない。

「いえ、ちょっと用があるんです。心配しなくても、外でちゃんと食べてきますよ。ウィルは子供の面倒を見るのでしょう?」

「ああ。てか、ここ何でも相談室じゃないし、何でも屋でもないんだけどな」

だが、実際金銭的には余裕があるとは言えないので、頼まれた仕事はきっちり引き受ける。

アマネもウィルも、あまり高価なものは好まないので、質素な暮らしに満足しているが、質素過ぎるのも問題だった。

(てか、俺は良いけど。こいつ宝石にも興味ないな)

偽物のセイレーンの涙は、偽物とは言えないほど良く出来ており、場合によっては譲ると警部に言われた。

だが、アマネはそれを握り壊したが。

(あれ、それなりに良い値で売れたと思うけどな)

思い出すと、やはり少し勿体無いと思う。売らないにしても、アマネにはよく似合ってただろうに。

「では、行ってきます」

「いってらっしゃい」

アマネを見送ってから、ウィルも出掛ける支度をする。

(てか、用ってなんだ?)

首を傾げながらも、ウィルは部屋を出た。


「………」

とあるカフェで、紅茶を飲みながら新聞を持っている男がいた。

焦げ茶色の髪を乱雑に切り揃え、揉み上げが肩に付く位長い。

「お待たせしました」

聞き慣れた女性の声に、男は小さく笑みを浮かべる。

「いらっしゃい。今日はウィルは一緒じゃないんだね」

「私が新聞を必ず取ると知っていて、その裏にメッセージを残しておいて何を言っているんですか?黒の貴公子…………いえ、ジルと呼ぶべきでしょうか?」

反対側の椅子に座り、アマネは男を見る。

男はウィルの友人だった。

「何で僕がジルだと?」

「簡単なことですよ。貴方はウィルのことを知っていて近付いた。ウィルから貴方と知り合ったのは、黒の貴公子と最初に会った翌日だと聞いていましたし。そして、貴方が今、ウィルのことを『ウィル』と呼んだので」

ウィルは普段、友人や他人には「ウィリアム」と呼ばせている。何故なら、「ウィル」と言う愛称はアマネが勝手に付けて呼んでるからだ。

つまり、アマネ以外にウィルと愛称で呼ぶものはいない。

「それだけで普通分かるものかい?」

黒の貴公子は呆れたような声で肩をすくめる。

「後、ウィルは騙されやすい傾向にあるので、ウィルから知り合った方の特徴や容姿を詳しく聞いていますから。ジルが黒の貴公子だと言うことは、今知りましたけど。後、私の推理の殆どは勘です。それをお忘れないように」

「どう考えてもこじつけっぽいし、自信満々に勘だと言うのもどうかと思うよ。面白いけど」

けれども、彼女の勘が案外馬鹿にできないのを、黒の貴公子は良く知ってる。

初めて会ったあの日。自分のことを信じることを選択した彼女に、彼は間違いなくアマネと言う女性に興味が湧いた。

「それで、何のご用ですか?買い出しをしたらすぐ帰りますが。ああ、お望みなら縄で縛って警察に引き渡しますが」

「つれないな。折角意中の相手が目の前にいるのに、みすみす手離すなんて悲しいという男心を理解してほしいな。後、縄で縛られるより心で縛られる方がいいかな」

わざとらしく肩をすくめ嘆く黒の貴公子に、アマネは若干だが苛立った。

「………場所を変えましょうか」

このままでは、公衆の面前で発砲しそうだ。

「喜んで」

黒の貴公子はニッコリと笑うと立ち上がり、アマネに手を差し出した。

当然それを無視し、アマネは歩きだしたが。