「閑、気をつけろよ。相手はナイフを持ってる。人質には傷一つつけるなよ」
「はい」
東護さんはボスより俺の教育係に任命された。そのおかげで、俺はいつも東護さんと行動している。故に、そこそこ仲良くなった。今日も、立てこもり事件の突入待ちで東護さんと同じ配置にいる。俺もようやく捜査一課に慣れてきた。この間、刀ももらった。


「胡梢と戦うためには、まず刀がいる。来栖、一ノ瀬をやっさんのとこ連れてってやれ」
「なんで俺が……!」
「教育係だろ。最初の仕事だ」
東護さんは渋々といった感じで行くぞと俺に目で合図した。
数分後、地下の駐車場で俺は唖然としていた。
「どうした、一ノ瀬?乗らないのか?」
東護さんが乗れと言っているのは、車のことはよくわからない俺でも高いとわかるような高級車。しかも、左運転車。
「これ、東護さんの車ですか?」
「当たり前だろ。ごちゃごちゃ言ってないで乗れ」
俺は、恐る恐る車のドアに手を掛けた。

目的地は、警視庁を出てから一時間くらいのところだった。東護さんは、慣れた様子でドアを開けると、中に向かって声をかけた。
「やっさん!いるか?」
すると、中から頭にタオルを巻いた男性が出てきた。
「おう、どうした。東護と……。隣の坊ちゃんは新入りか?」
「一ノ瀬閑です」
「しずか……。男にしては珍しい名前だな」
「よく言われます」
やっさんと呼ばれた男性は、俺の顔を舐めまわすように眺めた。
「まあいいや。で、東護。今日は閑の刀選びか?」
「はい」
やっさんはニッと笑ってメジャーを手にした。
「じゃ採寸すっぞ。あ、ちなみに俺のことはやっさんでいいから」
俺は連行されるように奥へ連れていかれた。

採寸が終わり、刀が出来上がるまでの時間、暇になったので俺は東護さんと話していた。
「一ノ瀬はなんで刑事になろうと思ったんだ?」
「父親が刑事だったんです。親父が働いてる姿に憧れてたんです。あと、閑でいいですよ」
「そうか。親父さんは今は?」
「三年前に亡くなりました。殉職でした」
「……っ。すまない」
親父が亡くなったと言うと、みんなこうして気を遣ってくれる。俺は、それがどうしても申し訳なく感じてしまう。死は自分では変えられないものだから、自分ではどうしようもないのだ。親父が亡くなったのだって、人質を庇ってだったそうだ。警察官として最高の死に方だと俺は思う。だから、謝られるとむしろこっちが気を遣わせてしまったことに対して謝りたくなる。
「いえ、こちらこそ気を遣わせてしまってすみません」
俺たちの間に気まずい沈黙が流れた。それを打ち破るように、やっさんの声が響いた。
「閑!出来たぞ!って、どうしたんだお前ら」
俺たちの空気を察したのか、やっさんはぱんぱんと手を叩いて手に持っていた刀を俺に差し出した。
「いい出来だぞ。名前は、刻彗(ときすばる)」
「刻彗……」
「抜いてみ」
やっさんの言葉に従い、俺は刻彗の柄を持ち、一気に引き抜いた。刻彗の刀身は、ビリビリと音を立てる雷を纏っていた。
「なるほど。閑の属性は雷か。全属性の中で最強の属性」
「そうなんですか?」
初めて聞く話に俺は驚いた。やっさんの話を引き継ぐように東護さんが口を開いた。
「雷属性は、破壊力が尋常じゃないんだ。しかも、雷属性はうちの課にもたった二人しかいないレア属性なんだ」
俺はそんなにレアな属性なのか。
「じゃあ、俺で三人目ですね」
「そうだな。これから胡梢討伐率が上がるように、閑にも頑張ってもらわなきゃな」
「は、はい!」
その時ほど東護さんの笑顔が怖かったことはない。俺は、ものすごい特殊な課に来てしまった上に、特殊な境遇になってしまったのだ。
「はぁ…。頑張ろ」


そんなわけで出動が増え、職務にもだんだん慣れてきた。だが、未だに胡梢には遭遇したことがなかった。そのとき、インカムから声が聞こえた。
「まもなく突入。三秒前、二、一。……突入!」
その合図と共に、俺たちはドアを蹴り飛ばして中へ入った。
部屋の中は騒然としていた。犯人は既に他の刑事たちによって確保されたあとだった。人質も無事のようだ。
「俺たちの出る幕はなかったな。閑、後処理手伝うぞ」
東護さんに言われて、ボスのところへ行こうとしたとき、視界の端に黒い煙のようなものが見えた。
「東護さん、あれ……」
俺が言いかけたとき、突然黒い煙が人型になった。
「胡梢だ!全員戦闘態勢!」
東護さんが叫ぶと同時に、みんなの手元にそれぞれの刀が現れた。どういう仕組みなのか知らないけど、俺を除いた全員が抜刀して胡梢に刀を向けた。
「閑!お前はまだ戦ったことないから、とりあえず安全な場所で見ておけ!」
「は、はい!」
普段は見たことないような東護さんの緊迫した表情に圧されて俺は後ずさった。東護さんは二体の敵と対峙している。しかし、どちらとも互角に戦っている。
「すごい…」
俺は、東護さんの強さに圧倒されていた。そのとき、東護さんが一体の敵に斬りかかった。
「倒せる……!」
そう思ったとき、敵が東護さんの一撃をかわした。そして、東護さんがほんの一瞬動きを停止した隙に、もう一体が俺の方へと走ってきた。
「閑!」
東護さんは俺の方へ来ようとしたが、敵に阻まれてしまった。俺は、近づいて来る敵を前にどうしていいかわからず、固まってしまった。「ああ俺はここで死ぬんだな」と、やけに冷静に構えている自分がいた。迫り来る敵になにも出来ずに死んでいくのがこんなにも悔しいものだと、俺は知らなかった。もう敵は眼前まで来ていた。
「閑!」
東護さんが俺を呼ぶ声が聞こえた。