朝、玄関を出るといつもの光景が広がっていた。
呆れ顔でその場に立ち尽くす、目の前の彼。
「遅い! 初日から遅刻とか、勘弁してくれよな」
挨拶を交わすよりも先に、そんな言葉が降ってくる。
「ごめーん、昨日はなかなか寝つけなかったの!」
顔の前で手を合わせながら、愛想笑いを浮かべる。
「ったく! 大事な日はいつもこれだ」
「ごめんって! ほら、急がなきゃ電車に乗り遅れるよ!」
未だ呆れ顔で私を見下ろす彼の横を通り過ぎ、急ぎ足で歩を進める。
こうなると長いから、スルーするのが一番だということを知っている。
「はぁ」
後ろからこれみよがしなため息が聞こえたけど、それはいつものことなので気にしない。
というよりも、小さい頃からずっと一緒にいるせいで、こんなことにはもう慣れっこだ。
逆もまたしかりで、彼もまた私の遅刻癖には慣れているはず。
それなのに毎回こんな風に言われてしまう。
それなら私を待たないで先に行けばいいのにって思うけど、言うと余計にややこしくなりそうなので心の中だけにとどめておく。
眼鏡の奥の彼の瞳が、やれやれと言いたげに揺れている。
その横を通り過ぎた。
「待てよ、おい!」
「やだよ、待たなーい!」
「誰のせいでこうなったと思ってんだよ、ったく」
「さぁ、知らなーい!」
一段飛ばしで階段を駆け下りる。
エレベーターがない五階建てのこのマンションは、私が生まれるずっと前に建てられたもの。
五階までしかないけど横に長くて、ワンフロアにつき十室もの部屋がある。
私、夏目 桃(なつめ もも)が住んでいるのは、五階の角部屋。
角部屋は陽当たりが良くて、さらには窓も大きいのでとても広々としている。