「杏さんに面会されたいと、お客さんがいらっしゃってますが」

Museライブツアー、残すところ後2か所となった日。
今日も事故、ケガ、トラブルもなく、無事終えた。
満身創痍ながらも、心地良い高揚感で満たされていた控室。
水分補給にと用意されたペットボトルに手を伸ばすしていると、私の知り合いと名乗る来客があるとスタッフに告げられた。
ちょっと有名になると、この手の来訪が多いとは聞いてけど、まさか自分がその立場になるとは……。
有名になると、遠い親戚だとかだ、記憶にない友人とか、面識のない知人が訪問してくるって聞いてたけど、本当だったんだ。
いや、確かに今までもあったよ。
私達の同級生を名乗る『友達』がライブ後の控室訪問希望者。
でも、私1人をご指名って……あり得ない。

「もう移動したって言ってもらえますか」

だいたい、私に友人と呼べる人なんて1人もいないのに、面会希望なんて嘘っぽい。
これからメンバーの皆で食事に行こうとテンションマックスのところに、冷や水をかけられた気分だ。

「その人、なんて名乗ってました?」

奈々は私と玲奈と仲たがいした事には感づいてる様子だし、私の拒絶感を感じ取り、好奇心丸出しだ。
今まで、本当に同級生が来た事があるには、ある。
私と真輝の事を冷やかしてたグループが、ライブ後に「同級生です。仲良しでした!」て、しれっと来た時は、かなり衝撃を受けて、奈々が相手をしている隙に、そっとフェードアウトしたのを鮮明に覚えている。

ちょっと有名になっただけで手のひらを返す。
発言力がある、知名度がある。
それだけで、人は自分が相手にした過去を忘れて、平然と生きているものなんだよね。

「佐伯さんって女の子が……」

ガタンっ。
飲んでいたペットボトルをテーブルに落としてしまった。
慌てて拾い、零れた水をタオルで拭きながら、頭の中から『佐伯』の記憶を引っ張り出す。
走馬燈のように駆け巡る記憶から、無邪に笑う女の子の顔が断片的にピックアップされた。