【片想いウイルス】




 今日も一日平和でした。

 日誌にそんなことを書く澤村の字が、やっぱりきれいだと思う。あんまりきれいな字を書くから、前に書道を習っていたのか聞いてみたことがあるけれど、全くの未経験らしい。澤村曰く「家族がきれいな字を書くから遺伝じゃないかな」とのことらしいが、字の上手い下手に遺伝は関係あるのだろうか。

 いや、もしかすると関係あるのかもしれない。うちは両親も祖父母もおじさんおばさんも全員が文系で、おれももれなく文系だから、理系分野のことは全く分からないけれど。今度理系クラスのやつに聞いてみるか。

 答えが分かれば話のネタがひとつできるし、そうなれば澤村と、

「ちょっと、川本」

「ん、ああ?」

「ぼんやり見てないで一緒に書いてよ。川本も週番なんだから」

 無理だ。おれは澤村の前の席で後ろを振り返るように座っているし、日誌は澤村の方を向いているから方向が逆。文系とはいえ、逆さに文字を書き込めるほど器用じゃない。

「ええと、早退は木村、欠席は岡本。風邪、と」

 ああ、木村と岡本、かわいそうに。まさかこんな日に風邪をひくなんて。木村は頑なに早退を拒んだが、熱が四十度あったらしく、強制帰宅となった。岡本は今朝から何度も「俺のげた箱とロッカーと机の中見てくれ」と、がっすがすの声で電話をかけてきた。


「ねえ、現国って何したっけ?」

「どうだっけなあ」

「二限の英語は?」

「あー、なんか長文読まされたよなあ」

「川本、ちゃんと授業受けてる?」

「受けてるよ。神山がwouldが読めなくて、誤魔化そうとしてほにゃほにゃ言ってたろ」

「なんで授業内容じゃなくて神山くんのほにゃほにゃを覚えてるのよ」

「澤村こそちゃんと授業受けてんのかよ」

「受けてるよ、板書も完璧だし、なんなら先生の雑談もイラスト付きでメモしてるし」

「それ必要か?」

「必要だよ。前に英語のテストの長文読解で先生のペットの話が出てきて、テスト中なのにくすっとできた」

「くすっとできるだけかよ」

 先生の雑談をイラスト付きでメモする必要性は全く感じないが、日誌の授業内容の欄に「現代の国語について学びました」とか「英語とは世界で最も多くの国や地域で使用されている言語です」ときれいな字で書き入れるのを見て、おれはくすっとできた。