お風呂から戻ると、早希は薄化粧を始めた。

「これからご飯食べるだけなのにメイクするの?」
驚いて声をかけると、私にもメイクをするように強要し始める。

断ってもマナーだからとかなんとか言って無理やりメイクポーチを押し付けてくる彼女に違和感を感じるものの私が早希の言う事をきかないはずはなく。
こういう高級な旅館で過ごす時にはメイクがマナーなのかっ?と嫌々ながらも薄くメイクをした。

まだしっかりメイクをしてる早希を置いてリビングの大きなソファーに移動すると、ここ数週間の疲れがどっと押し寄せてきたようで身体が重くなった。

疲れたーーー

早希と過ごす時間はとっても楽しくて気持ちがいいけれど、とにかく昨日までが大変だった。


イタリアの支社長は社長秘書の林さんが任命されたことがようやく発表になり、その他の人事は公表されなかったことでその補佐に小林主任か私のどちらが行くのかと社内で噂になっていたらしい。

社長のプロジェクトは順調に進み、後はイタリア支社に引き継ぐのみになっていた。
おかげで私は別の部署のロシアの取引先とのトラブルにフォローメンバーとして駆り出されていて、ロシアに知人のいる私が動き回ることになり毎日外回りと残業。
そのせいで噂や視線にさらされることはほとんどなかったのだけど。

昨日の夕方にロシアの件を片付け手を引くことができてやっとのことで確保したこの週末の休暇。
忙しくしていれば寂しさと不安を紛らわすことができるけれど、こんなに忙しいのは望んでいない。
ここ数か月、日本にいた日と海外にいた日が半々なんじゃないだろうか。

最近の私の仕事に一つに他国の企業とのトラブル対応なんて物が加わった気がするのはたぶん気のせいじゃないだろう。
入社以来海外事業部という部署にいるせいで海外の企業やその社員、経営サイドの人間に知り合いは多いけど、そうそうトラブルの度に私の人脈で何とかなると思われるのもしゃくだ。

私自身この人脈を築くのにどんなに苦労したことか。
・・・そのうち副社長に文句を言ってやろう。
そのくらいの嫌味を言ってもいいだろう。私はまだ完全に許したわけじゃないから。