あの夜のコトは遊佐には話さなかった。
 仁兄にどんな思惑があるんだとしたって。あたしは変わらないから、それだけのこと。


 時間を置いてあたしなりに冷静に。可能性を組み立ててみた。
 すぐに思い浮かんだのは、古希祝いの時の青柳の狐ジジイ。若頭代理の席を餌に、仁兄にあたしとの結婚をたきつけるぐらいはやりかねない。

 仁兄にだって。野心も欲もあるだろう。あたしが遊佐と結婚してれば、弟が代理で出世頭だった。今あたしを手に入れれば自分が取って代われる。いずれ一ツ橋の頂点に立つ男になれる。 
 それで愛してもないのに結婚しろだなんて。・・・仁兄を見損なったわよ。

 悔しいとか憎らしいより。苦さと悲しさの方が大きい。
 冷たそうに見えたって、あたしと遊佐のコトは家族として愛してくれてるって信じて。・・・信じたいって思ってるのに。


 知らない内に盛大な溜め息が漏れてたのか。

「宮子ちゃん、何か心配ごと?」

 瑤子ママの声にはっとして、無理やり笑顔を作った。

「ううん何でもない」

 いくら何でもママに相談できる話じゃない。誤魔化すように違う話題を振る。

「ママ。これあと何個ぐらい作るの?」

 キッチンのカウンターで、大きなボウルいっぱいの餃子のタネを、ぎこちない手付きで皮包みしてるあたし。

「800個ぐらいはって思ってるのよ? 半分くらい本家に持っていけばいいかと思って」

 数字を聴いて、かなり先の長い修行を覚悟した。

 簡単に言いながら、にっこり笑った隣りのママは。薄化粧で、長い髪を軽く結わいてるだけのラフな姿でも色っぽくて綺麗。哲っちゃんがゾッコンなワケだよねぇ。

 今日からゴールデンウイークの大型連休に突入で。夜は餃子パーティだからと、午後イチで遊佐家に来てママを手伝ってるワケなんだけど。
 すぐそばの実家に帰らず、哲っちゃん家に入り浸りの娘って。やっぱり親不孝者かなぁ?