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愛される自信をキミにあげる



「……白崎さん?」
 背後からかけられた声で、それが誰のものかわかってしまった。
 麗と一緒の時にしか聞けない、耳心地のいい低音ボイス。
「あ……はい」
 どうしよう、緊張で口の中がカラカラだ。
 本当はもっと可愛く笑いながら振り向きたかったのに、唇を噛みしめているせいで仏頂面で低い声になってしまう。
 麗が近くにいてくれれば、まだ普通でいられたのに。
 しかも、午前中に明日の披露宴の打ち合わせを終えて、まだ昼食にありつけてはいない。
 忙しかったせいで空腹は感じてなかったのに、急にお腹が鳴ったらどうしようと突然不安になった。
 タイミングが悪くそういう時絶対あたしのお腹は音を立てる。
 本当に、お願い今だけはやめて。

 キュルキュル──。

 シンとした廊下に響き渡ったお腹の音は、いつもよりも遥かに大きい。
 恥ずかしい。
 死にたいぐらい恥ずかしい。
 どうして、よりにもよってこんなに人気のない場所で話しかけるの。
「ふはっ、お腹空いた? 俺も昼まだだから、一緒にどう?」
「へ、へ……っ!?」
 三条課長が眩しいぐらいの笑顔を向けてくるから、一瞬にして恥ずかしさなんか飛んでいった。
 恥ずかしいより、あたしに今笑いかけてくれてる。
 麗じゃなくて、あたしの目を見て話してくれてるんだって、感動で泣きそうだった。
 あれ……今彼はなんて言った?
 もし三条課長があたしの恋人だったらなんて、いつもの妄想で聞いた空耳かもしれない。
 ほかの誰か、実はあたしの後ろに麗がいて「行きます」と言ったら「キミに言ったんじゃないよ」そんなオチが待ってたり。
「白崎さん?」
「ひゃいっ!」
「ひゃ?」
「いやっ、ち、ちが……っ、イヤじゃなくてっ! そうじゃなくてっ!」
 絶対呆れられてる。バカな子だって思われてる。
 短大を卒業して社会人になって二年も経つのに、こんなまともに会話もできない子だったんだって、絶対思ってる。
 三条課長にだけは、可愛くなくても仕事ができる子だって思われたかった。
 会社なのに一人でパニック起こして、三条課長が何の用で話しかけてきたのかとか考える余裕もなくて、ダメダメ過ぎて涙がでてくる。
 泣き顔なんか見られたくないから、顔がどんどん下を向いていく。
 白い廊下にポタッと涙が一つ落ちたところで、ボサボサの髪の毛にポンと重みを感じた。
「……?」
「うん、やっぱり……白崎さんって可愛いよね」
 髪に触れたのは三条課長の大きな手のひらだった。
 いい子いい子って髪の毛を撫でるから、ボサボサで艶のない髪はますます横に広がっていく。
「や、や……やめて、ください」
「ごめんね? 嫌だった?」
「嫌とかじゃなくてっ! 三条課長の綺麗な手が汚れちゃうからっ!」
 誤解されたくなくて、気づいたらそう叫んでた。
 驚きに目を見開いて、ポカンと口を開ける三条課長の顔を見たのは、あたしが初めてかもしれない。
「……っ、ははっ……あははははっ!」
「うぇっ? な、なにっ? すみませんっ、あたしなんか変なこと言いましたかっ?」
 多分……ついでに言うと、爆笑してる三条課長みるのも、あたしが初めてなんじゃ。
 でも、もうそれどころじゃない。
 あたしは一体何をしてしまったんだろう。
「いや、ごめっ……ごめんね? 話には聞いてたんだけど……何度か挨拶したことあったし、まさかこんな……」
「こ、こんな?」
「うん、こんな可愛い子だとは思わなかった」
 夢を見てるのかもしれない。
 あたしにとって都合のいい夢。
「うそ……うそだぁ」
 お決まりでギュッと頬をつねったら、当たり前だけど痛くって。
 頬をつねるあたしの手を男らしい長い指が包んだ。
「ココ、赤くなってる。ダメだよ?」
 手が頬から離れたら、赤くなったところを人差し指がスルッと撫でる。
 見せてと端正な顔が近づいて、昼食前に話しかけられたことに感謝したいぐらいだ。
 ラーメンとか餃子とか大好きだけど、今日だけはお腹が鳴ってでもネギの匂いをさせてなくてよかった。
 歯を磨いたあと、匂いをマスクでごまかしてなくて本当によかった。

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