―葵
 逃げてちゃ、ダメだよね。


 冷たいコンクリートの壁が、志音の回りを覆った。

 壁の一部に、駅の窓口のようなプラスチック張りの丸い小さな穴が無数に開いた窓があり、そこに頬杖をつけるくらいの小さな板の出っ張りがあり、その前にパイプ椅子が置かれていた。


 テレビドラマで見るのと同じだ、と思いながら、強ばった顔の志音は刑務所の面会室に入った。


 しばらくすると、プラスチック張りの窓の向こうに見える鉄の扉が開き、刑務所員に連れられて痩せ細った眼鏡の男性が入ってきた。
 髭を生やし、髪の毛はボサボサで、逮捕前の真面目なサラリーマンという印象が消え失せてしまったな…と志音は思った。

 眼鏡の男性は、ちらっと志音を見た後はうつむいたまま窓越しに着席した。

 しばらく二人の間に、沈黙が続いた。

「…ごめん。」

 そう小さく呟いたのは、志音だった。