最近母親の様子がおかしいのは幼い優愛も何となくわかっていた。水を零せば頭を叩かれるし、玩具の楽器を鳴らしていたらすぐ怒鳴られる。最初はすぐにごめんねと謝っていたが、今ではひとたび怒らせれば1時間以上説教される事も多かった。そしてとある日昨夜お風呂に入った時に脱いだ服が散乱していて、何故用意しているかごに入れなかいのかと怒られていた時だった。

「うわあん!ママなんか嫌い!」

誰しもが幼少期に1度は言ったことがある言葉だろう。しかしそれを聞いた母、優里は鬼の形相で迫ってきた。

「ああそう!ならそんなママがいる家になんていない方がいいね!出て行きなさい!」

そうして腕を引かれて玄関のドアを開け外に出された。開けてくれと泣いても無機質な冷たい扉は一向に動く気配がなかった。

2時間程すぐそこの道で1人で遊んでいた優愛は泣いていた。何故ここまで怒られているのか、全く理解出来なかったのだ。

そして扉が開く音がした。慌てて振り向くとそこには大好きな母親がいた。こちらに目を向け自分の姿を確認すると手招きされた。きっと抱きしめてくれる。ごめんねって頭を摩ってくれる。そう思っていた優愛の考えは見事に裏切られた。

「で?頭は冷えた?何で自分が怒られてるのか自覚した?」

寒い廊下でそう問われた。そんな事考えもしていなかった優愛は戸惑う。咄嗟の事に何も口から発せられる言葉はなく、ただ重い沈黙がその場に満ちた。そしてそれが更に優里の怒りを増幅させる事となる。

「まだわかってないの!?あんなに時間あげたのに!ごめんなさいの一言も言えないの!?」

そう言い手を振りあげ頬を叩かれた。勢いで尻餅をつく。

「もうあんたなんか要らない!一生そこにいたら!?」

そして部屋のドアを閉めて奥へと行ってしまった。優愛は優里の怒りが収まる2時間後までただ泣くことしか出来なかった。