「仙道さん、大丈夫ですか?」

会社の廊下をふらつきながら歩いていると、向かいからやって来た倉本さんが心配そうに私の顔を覗き込んだ。

「大丈夫。ちょっと寝不足でめまいがしただけだから」

葵さんのところを訪れてから、ちょうどニ週間が経つ。

“とにかく鈴乃ちゃんは、麻里奈のことは何も知らないフリをして、零士との結婚をどんどん進めて欲しい。あとのことは俺に任せて”

あの日、葵さんからはそんなことを言われた。
葵さんが何を企んでいるのかは分からないけれど、私の方はいつ別れを切り出されるかと、ビクビクしながら毎日を送っていた。

食事もあまり喉を通らず、この二週間で3キロは確実に痩せたんじゃないかと思う。

「仙道さん、婚約者さんとちゃんと上手くいってますか?」

「え? あ~うん。順調だよ。今度の週末は彼がうちの実家に挨拶に来てくれることになってるしね」

私は頑張って笑顔を作る。

「じゃあ、例の噂のことですか?」

「ううん。それはあまり気にしてないし、とにかく大丈夫だから。ホントにただの寝不足だよ」

「そうですか。まあ、何かあったらちゃんと言って下さいね。相談くらい乗りますから」

倉本さんは私にそう言い残し、自分の課へと戻って行った。私は後輩のありがたい言葉を噛み締めながら、心の中でごめんねと呟いた。

あれから零士さんとは、表面上は上手くいっている。

麻里奈さんが仕事を手伝ってくれているおかげで、零士さんも時間に余裕ができて、私とも会ってくれるようになった。

零士さんは会えば甘やかしてくれるし、キスもくれる。結婚にもちゃんと前向きだし、以前と何も変わらない。

けれど、未だに私の部屋には上がろうとしないし、彼の部屋にも呼んではもらえない。

やっぱり麻里奈さんへの未練でいっぱいなのだと感じてしまう。

彼がムリをしてまで、抱くこともできない相手と別れようとしないのは、私を裏切れないと思っているせいなのか、麻里奈さんに告白する勇気がないだけか…。

その辺はよく分からないけれど、とにかく私は、ニセモノの愛情を受けながら、毎日辛い日々を送っているのだ。

それでも零士さんと結婚したい。
一生彼のそばにいたい。
その想いだけが、今の私を支えていた。