そして、いよいよ村瀬さんとの模擬デートの日を迎えた。

“土曜の朝10時に迎えに来るから。どこ行きたいか考えといて”

あの夜、村瀬さんは私にそう言った。


迎えに来るということは、車で来てくれるのだと思うけれど、密室に二人きりなんて心臓がもつだろうか。

って言っても…村瀬さんとは同じベッドで眠った仲なんだよね。思い出す度に顔が火照ってしまう。

って…ヤダ、何考えてるの!

村瀬さんはそもそも既婚者なんだし、今日だって仕事で来てくれるだけなんだから!

変なことを考えたらダメだ。
いやいや、変なことって何?

何だか訳が分からなくなってきた。

とにかく今日は、お見合い相手と上手くデートができるようになる為の講習なんだから、しっかり頑張らないと!

自分の言葉にコクコクと頷いていると、玄関のチャイムがなった。

「村瀬です」

「あっ、はい!」

緊張しながら扉を開けると、私服姿の村瀬さんが立っていた。

「おはよう」

「お、おはようございます」

うわっ。
カッコ良すぎだ。

グレーの春ニットと黒のスキニーパンツをお洒落に着こなす村瀬さん。

前髪もラフに下りていて、今日はとても若々しく見える。

って言っても、彼はまだ26歳だったんだっけ。
普段すごく大人っぽいから、すっかり年下だということを忘れてしまっていた。

まじまじと見つめていると、村瀬さんがふっと笑った。

「俺、すっげー見られてるね」

「え? あっ、すいません。なんか今日はずいぶん印象が違うなあっと…」

「ハハ、それはこっちのセリフだよ」

村瀬さんの手が私の頬に伸びてきた。

「葵のとこ行ったんだってね。すごく可愛いじゃん」

ドキッとするような甘い声。
どうやら、もう“模擬デート”は始まっていたらしい。

何これ…。
朝から刺激が強すぎる。

「あ、ありがとう…ごさいます」

思い切り照れながら俯くと、村瀬さんは私の手をギュッと握った。

「いこっか」

「は、はい」

何だかまるで、村瀬さんの彼女になったような、そんな錯覚を起こしてしまう。

まあ、そういう講習なのだけど。

大丈夫かな、私。
ドキドキと高鳴る胸を押さえながら、村瀬さんの車へと向かったのだった。