今日は、特に何も無かった。

学校の授業はスムーズに進み、何の変哲もなく放課後を迎えた。学校ではよくある男子同士の喧嘩も、女子がメイクや制服の着崩しを注意されているところさえ見かけなかった。
外を歩いている最中に、道路を横断する危なげな猫や、轢かれてペシャンコになった不幸な雀もいない。いつもは友達と歩くはずの帰り道も、今日は一人だった。
家に帰っても、義父と母、義妹はいつも通り仲良くリビングルームで談笑していた。「ただいま」と言って私もその輪の中に混ざる。
普通に食事をし、入浴をして、それぞれ寝室へ入る。


何にも心を動かされない。今日という一日がこれでもかというほど平穏に、私に何の影響も与えることなく過ぎ去ろうとしている。


─────平和。


音を出さずに呟いた、午後十一時二十八分。


これもまたいつも通りに、私は自身の手首にカッターナイフの刃を突き立てていた。

なんの躊躇いもなく、手首と平行に真っ直ぐそれを切りおろした。まるで、鉛筆で弧を描くかのように単純で、一瞬の出来事だった。


パックリと綺麗に開いた傷口からは、白色の脂肪が見えている。感染症を患うのは嫌だから気を遣ってはいるけれど、実際どこまで切っても大丈夫なのか自分でも良く分かっていない。

脂肪層の間を割って徐々に溢れ零れてきた血液に、唇を押しあてジュルジュルと吸い込んだ。鉄錆のような、塩分多めの味を堪能すると共に自身の生存を間の当たりにする。


─────私はまだ、生きている。


その事実を確認するだけでほっとする。死んだようなつまらない毎日であっても、この行動ひとつで全てが色付いて見える。鮮血の赤、それは私の人生ともいえる大切なものだ。流れ出る血液と痛みは何とも言えぬ快感を与えてくれる。