別れた日のことを、正直、よく思い出せずにいる。
 彼が私に近づいた理由って、なんだったんだろう。

 かっこよくて優しくて、身長173センチ。
 サッカー部でも、1年生の頃からレギュラー。
 どこの学校にもひとりは必ずいる(いるよね?)、そんな憧れの的と廊下ですれちがいざま、目があった。

 ――なにか、誤解している。誤解というか、思い込み?
 芝居の下手な役者みたいな、作り物めいた表情。
『ちょっと待ってよ。なによその顔は!?』と、言うヒマもなかった。足が速い。


 私はすぐそばにいたコレキヨ君に聞いた。
「音楽室だったよね?」
「教務室っ」

 誤解するだけなら、別にどうってことはない。
 あることないこと、ありそうなこと、ありえないこと、せいぜい勝手に考えればいい。
 私はやましいことなんて、なにひとつしていないんだから。

「五十音順の出席番号って、嫌よね。日直がすぐにまわってきちゃう」
 コレキヨ君は、私と同じ目線でほほえんだ。
 ちょっと太めだけど、人当たりのいい、水泳部の補欠選手。
 走り去ったサッカー部のヒーローとは、えらい違いだ。表情も身長も性格も。

「じゃ、確かに伝えたから」
「ハイハイ」
 教室に入りかけたコレキヨ君は、聞き込みを切り上げる刑事がそうするように、振り向いた。
「俺、場所はどこって言った?」
「……第一理科室だっけ?」
「違うって。教務室。理科の田中先生が呼んでたの」
 ため息をひとつ、ついた私に、コレキヨ君は困ったような顔して言った。
「さっちゃんが『ハイハイ』って言うときって、たいてい話を聞いていないんだよなあ」
 観察力まで刑事のようね。