「ごめん! 悪いけど、僕の家に来てくれないか?」

そう彼から連絡があったのは、バレンタインの前日。我が家でバレンタインディナーを用意しようとしていた私は、内心慌てふためいた。

でも、忙しい彼に我がままは言えない。彼は、世界的なホテルチェーンの御曹司。会えないって言われたわけじゃないんだから、我慢しなきゃ……!

彼に来て欲しかったのは、出来たてのフォンダンショコラを彼に食べてもらいたかったから。

仕方なく、自宅で焼き上げたものを、彼の家で温めて食べてもらうことにする。ただでさえ味に自信がないのに、心配……。

高級マンションにある自室で待っていてくれた彼は、見た目も頭もスマートで、ホテル界のプリンスなんて持て囃されている。

「よく来たね」

すぐにハグ。来てくれてありがとうだとか、会いたかっただとか、怒涛ように言葉が降り注ぐのにも、ようやく慣れてきた。

普段は何も掛かっていない真っ白なドアに、深紅の薔薇のハートのリースが掛かっていた。ドキドキしながら部屋に案内されると、いつもはシックな部屋が薔薇の花でいっぱいだった。

「わぁ!」
「バレンタインだから。欧米では、男性から花を贈るのが一般的なんだよ」

部屋中を埋め尽くすような、たくさんの薔薇。部屋ごとにテイストを変えたバレンタインのインテリア。シェフが用意してくれたフレンチのフルコース。

分かってはいたけど、私の準備しようと思っていたことなんて、彼のしてくれたことに比べれば貧相極まりない。

「どうしたの?」

落ち込んだ私を、彼が心配そうに見ている。

彼と私の世界は、全然違うってこと。分かっていたんだから、いちいち落ち込んでちゃダメだ。どんなに世界が違っても、彼と一緒にいるって決めたんだから……!

「……あのね、フォンダンショコラを作ってきたの。後で、食べてくれる……?」
「君が……? 僕のために……?」

フォンダンショコラの中のガナッシュがとろけるように、彼が微笑んだ。

それを見て、分かった。私、間違ってなかったんだって。彼にこんなに嬉しそうな顔をさせられるなら、私が隣にいてもいいんだよね。

「素敵なバレンタインをありがとう! こんなの初めて。本当に嬉しい」

いつもスマートな彼の照れた様子に、私の頬も熱くなる。

彼に言わせてばかりの私も、今日はちゃんと言わなくちゃ。

「大好き……!」