懐かしい匂いがするこの街に、僕は少し安心して、大きく息を吸った。

水彩絵の具で描かれたような柔らかい晴天。
優しい色。春に乗り遅れたままの少しひんやりとした風も時々感じられる。




「暖かいなあ、」

思わず溢れた言葉が僕の頬を緩ませる。



あの頃とは見える景色が違う。


「 とても面白い色をしていると思うの 」


僕に話した世界のこと 。






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午後6時。


「 雪やまないな 」


今日は朝からやけに寒い。


雪なんて邪魔なだけなのに 。

僕は早上がりのバイトを終えると
重たい足を動かし、コンビニへ向った。

コンビニにつくと、僕は、立ち止まってドアを見つめる。
自動ドアのはずのドアが開かない。
センサーの近くに手を何度も振りかざしてみたが、見事に開かない。そんな僕を変な目で見る人達。

「人間じゃなくなったかな、」

そうこうしてるうちに結局、店から出てきたカップルの開けたドアで店に入った。


「いらっしゃいませー、」




沢山の種類の中から、無造作に選んだインスタントラーメンを今夜の夕食に決めた。



「ありがとうございましたー、」



あとは、家をめざすのみ。
ずっとまっすぐ歩くと、坂が見えた。
それを登ると、住宅街。
住宅街へ入ると、あかりがついている家、
ついていない家、色々あるけど、やっぱり、ついている家の方が断然多い。


「おかあさーん、ご飯まだ?」
「もうすぐ出来るから手を洗って座ってね」
「やったあ」
バタバタと走る音。明るい声。
田舎の家は壁が薄いのか。
男の子の声と母親の会話が聞こえてきた。



家族っていうのかな、あれが。



こんな寒い日でも、すごく暖かそうに見える。
片方だけ付けていたイヤホンを
両耳に付け直し、少しだけ音量をあげた。

歩いているうちに小さな白いハイツが
見え始めた。
雪が積もっていつもより白くみえる。

そこの住民である、僕は定時制に通っているただの高校生。
特になんの変化もない毎日を流れるように過ごす。
雪の降るこんな寒い日も、何一つ変わらない時間が流れて、それは僕だけの独りの時間。
逆らえば何か変わるのだろうとも思うけど、そんな面倒な事は一切ごめんだ。
今日も、ご飯を食べてお風呂に入ってゲームして寝ればいい。

家の前について、僕は階段を二段まで登った後、やっと何かに気付いて、振り返った。
白い雪の中に黒くて小さなものが見える。


「え…、なに、あれ、」



恐る恐る近づく。



「みー…」

猫?

僕は急いで雪を掻き分ける。
すると、ぐったりとした子猫が
横たわっていた。


黒猫だ。

こんな寒い中、埋もれていたのに、助からない可能性の方が高いのかもしれない。
だけど、からだ全体を使う荒々しい呼吸は、確かに止まっていない。


生きてる。


弱々しい鳴き声に気付いて近寄った僕には
この子猫を連れて帰る責任があるような気がした。
子猫を抱き上げると、急いで家に入って、へやの暖房をつけた。
濡れた子猫の体をタオルで拭いて、引越しの際に使ったダンボールを押入れの奥から出してくると電気毛布をそこに敷く。
子猫の体を擦りながら温め続けた。



なんとか助かって欲しい。



二十分経ち


三十分経ち




四十分が経った




すると、子猫が動いた。


「みーみー」

グダっとしていた子猫が僕の手にしっかりと掴まって離さない。
僕はその姿にホッとして、子猫の頭を撫でた。



「ダンボールしかなくてごめんね、
そこで大人しくしててね」

子猫は頭を僕に擦り寄せてきた。
許された気がして、また子猫の頭を撫でた。

明日子猫を病院に連れていこう、
そんなことを考えながら
僕は夕食等を済ませて布団へ入った。





次に目が覚めたのはお昼前。
動物病院へ向かう準備終えると、
ダンボールを抱え、家を出た。




徒歩10分、七瀬病院。

ああ、近くに動物病院があってよかった。

そう思ったのも
つかの間、動物病院は定休日だった。

「あれ、他どこに動物病院あるんだっけ。」

子猫を入れたダンボールを持ち直すと、携帯を片手に検索をはじめる。
前に進んだ時、携帯に目を取られていた僕は、何かとぶつかった。
いきなりの衝撃で体に力が入らず
後に倒れた。


「痛っ、」
「ごめんなさい!お怪我ありませんか?」
「はい、大丈夫です」

一度、頭を下げると
こちらの様子を心配そうに伺う。

「すいません。私、前見てなくて」
「すいません。僕もでした」

立ち上がると、子猫の様子を確認した。
幸い子猫に支障はなかった。
僕が子猫の様子を確認していると、彼女は子猫に気が付いた。

「その猫ちゃん、どうされたんですか?」
「昨日弱ってる所を拾ったんです」
「ああ、それでここに?」
「まあ、生憎定休日でしたけどね」
「わかりました!待っててください!」
「え、あ、待っ、え?」

ふわっとしたスカートを揺らしながら、駆け足でどこかへ行ってしまった。

数分後、また駆け足で戻ってきた。
と思えば、
「少しついて来てください」と、言うとUターンして、歩いて行ってしまった。
僕は全く彼女の意図が掴めず、とりあえず彼女に言われるがままについて行くことにした。

「えっと、あの…」
「あ、すみません!!何も言わず!」
「いえ、あの、えっと?」
「さっき、私の父に事情を話したら診てくれるらしくて!」

そういったところで、一軒の家の前についた。
僕は頭が付いていかず、彼女の言ってる意味がよく分からなかった。

「すいません、私の父とは…?」
「え、、、?あ、ああ!そうですよね!私、七瀬 にこって言います、父は獣医なので、ぶつかったお詫びがしたくて!」

ある程度、説明をすると家にあげてくれた。
玄関に上がると、すぐ部屋があった。そこのふすまを開けると、もうすでに準備して、待っていてくれていたようだった。

大きな眼鏡をかけた優しそうな獣医さん。
僕の顔を見ると、微笑んでくれたので、僕は肩の力が少し抜けた。
挨拶を終えると、ダンボールごと獣医さんに渡した。

「黒猫なんて、近頃じゃ珍しいね、最近見かけなかったよ、なかなか可愛いじゃないか、」と言うと、子猫の体のあちこちを見た。
その光景に、目を奪われていると、ポンポンと、肩を叩かれた。

「あの、ここに住所と名前と電話番号書いてもらっても大丈夫ですか?」
「あ、はい、分かりました」

なんだが、久しぶりで、変な感じがする。
こんな改めて書くのいつぶりか。
もう数年書いてなかった。

「あ、書き終わりました」
「貰いますね、ありがとうございます」

紙とペンを渡すと、また僕は子猫の方へ目をやった。
獣医さんは子猫から目を離すと、僕の方を見た。

「この子どこで拾ったの?」
と、不思議そうな顔でこちらを見たので、
「昨日の夜、雪の中に埋もれていてそこを見つけました」と答えると、次は驚いた顔をした。
「え、そうなの!?それにしてはすごく元気だねえ、!君、運が良かったんだね、」と、言うと今度はくしゃっと笑って子猫の頭を撫でた。

「まあでも、万が一の事を考えて、病気にかかってないかとか詳しく検査してみるから1日預からしてもらうね、構わないかい?」

コクっと頷くと頭を下げて立ち上がった。
「じゃあ、失礼します、子猫の診察代はまた明日まとめて持ってきます」
「じゃあ明日ね、気をつけて帰るんだよ」

家を出ると、彼女も同時に部屋を出た。

「猫ちゃん病気もってなければいいですね」
ふわっと笑ってそういう彼女に、僕は、
「そうですね」と答えた。

よく笑う彼女をおもわず見つめてしまった。

「え、!ど、どうかされましたか?」
「いえ、なんでもないです、すいません。じゃあここで。」

立ち止まって、今度は僕が彼女に頭を下げた。お礼も兼ねて。

「明日連絡しますね」

彼女の言葉に僕は頷き
「では、また。」と、挨拶し終えると、
僕は元来た道を辿って、家に向かった。