「お疲れだったね、蒼大くん。今日からゆっくり休んで、また月曜日に出社してくれよ」

「はい。ありがとうございます」

空港で、タクシーに乗り込む社長を見送った後、駅行きの連絡バス乗り場へと足を運ぶ。

一週間のアメリカ出張を終えて、俺は無事に日本に帰国していた。

やってきたバスに乗り込んで、深いため息をつく。

社会に出て六年目。今までやっていた営業職から社長秘書への転向。

それは、将来的に父の会社を継ぐためにコトブキ製菓を去っていく俺のために、父の古い友人である社長が決めたことだった。

今までとは違う業務内容に戸惑ったり、社長のフォローが出来ない自分に歯痒く思うことも多いけれど、それ以上にたくさんの経験を積ませてもらっている。

数年後、松嶋グループに入ったときに今までの経験を活かせるような人物になっていることが、今の俺の目標だ。

そして、もうひとつの目標がある。

それは、東京に戻るときに彼女を連れて行きたいということ。

彼女、結衣とは入社一年目から付き合っている。

結衣は覚えていないだろうけれど、採用一次試験のときにたまたま隣に座っていたのが結衣だった。

『どうしたんですか?』

『消しゴム、忘れてて……』

『じゃあ、これ使ってください。私、予備で持っているんで』

消しゴムを忘れて焦っていた俺の心に、結衣の笑顔は真っ直ぐ飛び込んできた。

その後、祈るような思いで参加した入社式で結衣の姿を見かけたときの喜びは、今も忘れていない。

同期で唯一の男である原に、手を出すなと警告すれば、『俺、結婚してるし』と鼻で笑われたのも今はいい思い出だ。

とにかく俺は、結衣を手に入れるために必死だった。

仲良くなっていく中で知ったのは、結衣があまり恋愛に興味を持っていないこと。

そんな結衣の心をどうにか動かすことに成功して、あれから六年。

俺たちの交際は順調といえるだろう。

大きなケンカもなく、特に危機が訪れたということもない。

ただ……、それはきっと、結衣が俺に心を許してないからじゃないかと思っている。

本人に直接聞いたところで『そんなことはない』と言うだろう。

でも時々、結衣が遠くにいるような気がすることがあるんだ。

結衣は気づいていないかも知れないけど、ふたりで部屋で過ごしているときにどこか遠くを見ていることがある。