不意に、きっと意識するまでもなく。
小さく洩れた彼女の甘い声が
僅かに残ってた俺の理性を一瞬で砕く。
「っ煽んな。」
強く握ったら簡単に折れてしまいそうな腕を
あくまで優しく、
でも逃げられないように
左手で押さえ込んで
右手で無理矢理、俺の方を向かせる。
彼女の潤んだ目に、俺の顔が映って
あぁ、余裕ないんだな俺。って
今さらのように気づいた。



──「忘れ物しちゃった。」
そんな嘘を君は信じて
「そうなんだ。
 坂木くんでも
 忘れ物することがあるんだね。」
って微笑む。
「坂木くんでも、って何だよ。」
そう聞くと
「坂木くんみたいな
 完璧そうな人でもってことだよ。」
なんて答えられて、笑いそうになる。
完璧なんかじゃねぇよ。
だって今だって好きな子を前にして
普段より会話もちゃんとできない。
好きな子に告白しようと思って
『委員会で遅くなる君を待ってた。』
なんて事も言えずに、
『忘れ物しちゃった。』
なんてありきたりな言い訳。
気まづい無言に痺れを切らしたのか、
君はカバンを掴んで
帰る支度をする。
「ばいばい」
軽く手を振って微笑む君を
どうにかして止めなきゃって思って。
いつのまにか腕を捕まえてた。
君の唇がどうしたの?っていう風に動いて
思わず聞いていた。
「ねぇ、キスしたことある?」
その唇に俺以外の誰かが触れたことある?
俺が見たことのない君の表情を
俺の知らないやつが見たことある?
「ない、よ?」
少し驚いた表情の君は
ちゃんと答えてくれて
ないっていうことに安堵する。
「彼氏出来たときの為に予行練習しない?
キス、してあげようか?」
いつの間にか
俺の口からそんな言葉が出てきて。
多分嫉妬。
これから誰かに君がキスされる事を考えたら
我慢できなくなった。
俺の知らない誰かにされるより先に。
俺の知らない誰かとくっつくかもしれない。
それならいっそ、奪ってしまえ。

きめ細かい白い肌。
うっすらと、内側から桃色に染まる頬。
優しく頬を撫でるようにして手を添える。
彼女の顔は
俺が手のひらを広げれば、
顔が隠れるほどの小ささで。
彼女の腕は
俺が強く握ったら
簡単に折れてしまいそうな細さで。
不意に壊してしまいそうで怖くなる。

段々と後ろに下がってく君は
カタンッと音を立てて
後ろの壁にぶつかり
逃げ場がなくなった。
そんな君に覆い被さるように
顔を近づけて
「嫌?」
って聞く。
「嫌、じゃない。」
そう答える君に少しだけホッとして
俺を受け入れて。
って願いを込めて目を閉じる。
そのあと薄く目を開けると
君は目を固く瞑ってて
その姿がすごく可愛くて我慢できなくて
思わず抱き締めてキスをした。
「んっ。」
その勢いのまま、貪りつくみたいに
彼女の赤く染まった唇に
何度も何度も角度を変えてキスをして。
ふっ、あっ、ん
「っ煽んな。」
唇の間から洩れ出る彼女の甘い吐息が
俺の本能を刺激して
ますます止められなくなる。
「ちょっ、と待って」
そう言ってジタバタしだした彼女に
我にかえってキスをやめると
涙目で頬を紅く染めた君は
息を切らしながら
俺から少し距離をとる。
「嫌だった?」