「レティちゃん、ごきげんいかが? ……そう」
「レティ、9歳になったんだってね、おめでとう。今日もおつかいかい? ……そうか。いつも偉いねえ」


 とある小さい村にはレティという、笑顔が愛らしくよくお手伝いをする優しい、大人しい少女がいた。
しかし、彼女は他の村民から少し、距離をとられていた。
 なぜか。それは彼女が『喋らない』からである。いや、正確には『喋れない』から『喋らない』のだ。


 レティは、ある日から言葉を発することが苦手になった。
村の人たちが話しかけてくれるのは嬉しいが、どう返そうか、どういう言葉を言うのが良いのか考えているうちに、焦りと沈黙に対する恐怖で言葉が出ず、また顔が氷のようにカチコチになって笑うこともできなくなった。結局、うなずくか、首を振るかでしか自分の意思を表すことができなくなってしまった。


「大丈夫、あなたは話すのが少し苦手なだけ、とっても優しい心を持っているわ。だから自分に自信を持って」
 母に喋れなくなり始めたころ、そのことを話した。その時母は、そう言ってレティを抱きしめてくれた。


 レティは、頑張って、自分の声で、言葉で伝えようとした。だが状況は悪くなる一方だった。
 村の人が話しかけてくれる、しかし言葉を返せない。段々と彼女は話しかけられなくなった。彼女は、自分が喋らないせいで村の人たちに嫌われてしまったんだと思った。


 ある日、彼女は母から頼まれてお使いに行った。村の人たちとは言葉を交わすことはない。買ってくるものが書かれた紙を見せることで無事に買い物を済ませることができた。

 いつもならこのまますぐ家に帰るのだが、レティの足は何故か近くの森の、その中にある花畑へ向かっていた。小さい頃、母と一緒に見つけて花冠を作ったことがある小さな花畑だ。

 まだ日は高く昇っており、森の中を明るく照らしている。ゆるやかな風がレティの頬を撫で,甘い香りを運んできた。風が吹いてくる方に向かって歩いていると、やがて大きな木々は見えなくなり、花畑が見えてきた。

 あの時の花畑だ。色とりどりのかわいらしい花たちが集まって、日の光を浴びてキラキラと輝いて咲いている。

 ふとレティが花たちから視線を外すと、近くの切り株に同い年くらいの少年が座っていた。

「あれ? どうしたの。君、森で迷っちゃった?」

 突然知らない少年に話しかけられ驚いたレティは、喉から声を出そうにも、やっぱり言葉が出てこない。

「君、名前は? どこから来たのかな?」
見知らぬ少年は、こちらに近づき心配そうにレティの顔をのぞき込み優しくたずねた。
「僕は、ロンって言うんだ! この村の端の方に住んでる。今はちょっと散歩中でさ! ここ、キレーな花が咲いてるだろ? 僕、この場所が大好きなんだ!」

 喋らないレティとは正反対でロンはよく喋る子のようだ。
「あっ、分かった! 君、喋れないレティでしょ!」

 レティはなぜ自分の名前が知られているのか分からず首をかしげる。
「前、聞いたことがあるんだ! 僕と同じくらいの喋らない女の子のお話! 君、とっても有名なんだよ! みんなから愛されてる」

 自分が愛されている? 

 村の人たちと仲良くできない自分が、好かれているはずがない。ロンの言っていることが理解できないレティをよそに、ロンはハッとして言った。
「あ、もう帰らないと。僕、大体ここにいるからさ、良かったらまた遊びに来てよ!」

 レティが頷くと、ロンは笑ってバイバイと手を振って去っていった。

 同じくらいの年の子と話したのはいついらいだろう。そんなことを思いながらレティは家に帰った。


それから、レティは毎日小さな花畑に足を運んだ。ロンも毎日そこにいて、レティに会ってくれた。いつもレティが花畑に着くとき、ロンは切り株に座っていて、レティを見つけると笑顔で彼女に
「やあ、レティ。元気かい?」
と、手を振ってくれる。

 ロンはいつもレティにお話を聞かせてくれた。レティはいつも、何も言えず聞き役だったが、ロンは嫌な顔せず、レティに面白い話をしてくれた。クジラの形をした雲を見たとか、昨夜星が降ってきたと言って金平糖をくれたこともあった。ロンと初めて食べた金平糖はレティの大好物になった。

 しかし、ある日からロンは花畑に来なくなった。レティはそれからも毎日花畑に足を運んだ。

なぜロンが来ないのか、レティは考えた。ロンも自分を嫌いになってしまったのだろうか、喋らない自分を。
そう考えると涙が止まらなかった。
泣いてもどうにもならないことは、幼いレティの頭でもわかっているのに、涙が溢れてくるのだ。

グスグスと花畑で泣いていると、どこからか声が聞こえた。周りの木の根元に、隠れられそうな穴があるのを発見し、レティはその中に身を隠した。その後、花畑に二人の男の人がやってきた。

「こんなところに花畑なんてあるんだな~キシシシシ」
「やめなさい、森を荒らすのは良くない」
「何言ってんだ、これからあの村を襲うってのに、花の一本や二本、三本や四本、五本や六本つぶしたところでよ」
「できるだけ、証拠は残したくないでしょう。全くあなたってひとは……」
「はいはい悪かったよ。そんで、明日の早朝……でよかったんだっけか?」
「ええ。この銃を持ってあの村の民家家に押入り、皆殺しです。その後金目になるものを取って退散するという流れですね」
「オーケー、ここはいくらくらい盗めるかな~っと」
そんなことをいいながら男たちは去っていった。

穴から出てきたレティは男たちの後ろ姿をじっと消えるまで見つめてできる限り彼らの格好を憶えた後、村の方へ全力で走った。村の人たちにこのことを伝えるためだ。

 しかし、レティには不安があった。村の人たちが自分の話を聞いて、信じてくれるかどうかについてだ。

自分は村の人たちに嫌われている。そんな自分の言葉は彼らに伝わるのだろうか、そんなことを考えながら、走っていると村の中心部、レティの家もある住宅地に着いた。

 息を切らして走ってきたレティを周りは驚き、心配そうに見ている。言葉を発そうとするも言うべき言葉が見つからず声が出ない。
 だが、今はいつものように言葉を選んではいられないと、レティは息を吸い込んだ。

「こ、ここに……! 悪い人が、来ます! お金、とか、大切なものを持って、避難して、ください!」

 こんな大きな声を出したのはいつぶりだろう。そんなことを思いながらレティの口は勝手に動いていた。

「あしたのあさ、悪い人がここに銃を持って、きます! 森ではなしているの、を、ききました!」

「レティ、それは本当かい?」

 そうレティに声をかけてきたのは、レティの村の村長だった。彼が男たちの特徴をレティに尋ね、レティがそれに一生懸命答えると、すぐ村長は村の人に召集をかけた。そして村の中で喧嘩が強い4人と一緒に悪い人をつかまえると言ったのだ。

 レティは、彼らがどこに行ったか知らないと申し訳なさげ言った。すると村長は、みんなにレティが言った男らたち特徴を告げると、すぐ目撃情報があがったんだ、と言った。

 数時間後、レティの前には二人の男が突き出された。
「レティ、君が見たのはこいつらであっているかい?」
と、村長に尋ねられたレティは男たちの顔、服、髪を見、そして抵抗する二人の声を聞いた後、頷いた。
「君たち、僕らの村を襲おうとしていたそうじゃないか。彼女から聞いたよ」
「は、はあ!?なぁ、おっさん‼ 俺らよりそんなガキの話を信用するのかよ⁉」
「確かに我々は銃を所持していましたが、あれは猟のためにと」

 確かに、自分の話は真実味がなく、証拠がないと言われればもう何も言えない。嘘だと言われても仕方なかったと、レティは不思議に思っていた。
「この村にそんなうそをつくやつはいないよ」

 村長は、そうきっぱりと言い切り、レティの頭をなでた。
「喋ることが苦手なこの子が、必死で我々に伝えてくれたんだ。それがうそだなんて思えないね」


 そうして男ら二人は村から追い出された。
 レティは、その後村を守ったヒーローとしてみんなから褒められた。自分は嫌われていたのでは、と村の人に言うと、あはははと笑われ
「なーに言ってんの、この村の人はみんな家族だもの。家族を嫌う奴なんて、いないわよ」
と、言われてしまった。

話しかけられなくなったのは、話すのが苦手なレティに話しかけても、レティが困ってしまうだけだと思ったかららしい。


レティは以前と比べ、拙いが少しずつ喋るようになった。表情も明るく豊かになり、自分から人に話しかけるようにもなった。村の人たちや家族も、それを喜んでくれている。


 ある日、レティは森に向かった。あの、前ロンと楽しい時間を過ごした小さな花畑にだ。

 レティが花畑に着くと、切り株に座ったロンがこちらに手を振っていた。
「やあ、久しぶりだねレティ! ごめん、前はしばらく来れないようになっちゃって」
レティは首を振った。その目は潤み、涙がたまっている。

「僕、引っ越すことになってさ。昨日新しい家に荷物を運んだところなんだ。実はね、僕の新しい家、レティの家の近くなんだ! 引っ越しの片付けも、僕のはだいたい終わったからさ。良かったら、またこれからも仲良くしてくれないかな?」

 頭にたくさんの情報が入ってきて理解できないレティをよそに
「そういえばレティ、村を悪いやつから守ったんだって? それに話せるようになったって聞いたよ! 今まで僕ばっかり話してたけど、レティの話も聞かせてよ! レティが今まで見てきたこととか、聞いてきたこととか全部、話してほしいな。あ、ゆっくりでいいよ! いつまでも待つからさ」

 そういって優しい目でこちらを見るロンに、レティは恥ずかしそうに、だが嬉しそうに口を開いた。
「あ、ありがとう、ロン。じゃ、じゃあね、最近……あった、嬉しかったこと、を聞いてほしい、の。私、ずっと、自分が……きらわれてるって、思ってて。それで……」

 甘い金平糖を食べながら、美しい花たちが沢山咲いている花畑の中で二人は仲良く話に花を咲かせるのだった。