次の日、目覚めると特に用事などある訳ではないが外に出た。
そういえばと、思い出したかのように言うが、もちろん私が働いてた職場などこの世界にはないのである。

だから無職なのである。
そもそもこの世界の通貨やお金というものの価値などまだ知らない。

これで死んでたとして、死んでもなお生きなければならないなんて神様も酷いことをしてくれる。

そんな事をぼんやり考えながら歩いていると、1人のお爺さんが話しかけてきた。

「やあ、こんにちわ」
「あ、どうも、こんにちわ」
そう挨拶を交わすと続けてお爺さんは
「若いのに、そんなぼーっとしてりゃ知らない間にお婆さんになっちまうよ」
と言う。

ぼーっとするのに歳なんて関係あるのだろうか。と、反論しようと思ったがそんな議論は無駄なので堪えて、聞いてみた。
「ここは、その…死後の世界なんですか…?」

そう聞くと少し困った顔をして、お爺さんは言った。
「それは分からんのう。」
お互いに困った顔を見せ合い、少しの沈黙のあと私は
「なんか変なこと聞いてすいません」
と少し頭を下げて、別れを告げた。

また少し歩いていると、街には服を売ってる店やご飯屋さん等はある。人という人は居ないことは無いが、あのお爺さんを除きどこか人同士の付き合いを避けてるように見える。

しかしながら、元のいた世界でも他人同士なんてそんなものだっただろう。
別に見ず知らずの人に笑顔で挨拶する文化などほとんど無いに等しい国にいたのだから。

私は特に何をするでも無く、帰った。
お腹が空いた私は冷蔵庫をあさる。

この物語の主人公はお腹が満たす事と寝る以外にする事が無いのかと、きっと読者の皆さんは思うだろう。

そうである。

何故ならば、それだけ出来ていれば生きていける世界なのだから。

冷蔵庫の中にあったもので適当に作って食べる。
満足した後で私はまたいつも通りの中でペンを握る。

<今日も不思議な世界の住人。街には特に何があるわけでもなく、お爺さんと少しお話しただけ。この先どうなるんだろう。>

そう短く書いた後で私は睡眠に至るまでの準備を済ませ、これもまたいつも通り眠った。

翌日、また特に何があるわけでもない街に出ると、あの優しさの含んだ微笑みを浮かべる藤原さんに会った。

「あ、こんにちわ」
藤原さんはそう挨拶をして私に言葉を続けた。
「どうですか?まだ3日程しか経っていませんが、慣れましたか?」
「食べ物と睡眠には困ってませんが、なんせ仕事もありませんし、街にも何も無い様なので何をしていればいいのか分かりません。」
正直にそう答えた。
すると藤原さんは尚も優しさを含んだ微笑みのままで
「そうですねぇ。何も無いというのは何も知らないだけで、そのうちきっと何か発見出来るといいですね」
と言った。

私はそんな事は到底できそうに無いのではなかろうかと思ったが短く「そうですね」と答えた。

「では私は用事がありますので」
と、藤原さんは車に乗り込みどこかへ走っていった。

ぽつんと残された私はまた歩き出した。

すると、私と同じような年の女性が話しかけてきた。
「す、すいません!ここはどこですか?」
少しおどおどした女性はそう聞いてきた。

しかしながら、私とてここがどこかなど分からない。
「えっと、どこでしょう。私も最近来たばかりでよく分からないんです。」
そう聞くと落胆した顔を見せるその女性は、少しばかり下を向いた。
「そうですか…。私死んだんですかね…。」

この人は私と同じ状況なのかなと思った。
私も死んだのかもしれないし、この人も死んだのかもしれない。
良く分からないこと続きで驚く事に慣れてしまっている自分に胸の内で少し笑えた。

「大丈夫ですか?私も良く分からない続きで困ってるんです。良かったら、一緒に探しませんか?」

私はそう女性に言った。
そうすると、女性は少し安心した表情を見せた。
「そうなんですか?お願いします!」
「私は住岡亜希。よろしくね」
「亜希さん…!私は吉岡くるみって言います!」
「くるみさんね。どうやって来たの?」
「えーっと、それが夜中にタクシーに乗ったのは覚えてるんですけど、気がついたら…。」
「そうなの?じゃあ帰る場所は…?」
「ありません…。亜希さんは?」
「私も夜中にタクシーに乗ったの。でも私は起きたら自分の部屋だったわ。もちろん外は全然違うかったけど。」
「そうなんですか…!」

驚いた顔を見せる彼女は帰る場所もないのだろう。
「良かったら、私の部屋に来ない?狭いけど。」
「いいんですか?すいませんお邪魔します、帰る場所もないので…。」
「いいよ、気にしないで!」
そう言い終わると私の部屋に案内した。

「綺麗な部屋ですね!ありがとうございます!」
「ありがとう、食料は何故かあるの」
そう笑って言うと、2人してお腹がなった。
「お腹空いたね!何か作るね!」
「ありがとうございます!」
2人で笑いながらお腹を満たした。

その後、私はいつも通りペンを握った。
<今日は友達が出来た。いつぶりだろう、こんなに人に感謝されたのは。この世界はまだまだ知らない事だらけだ。藤原さんに言われた通り、まだまだ知らないこの世界の表情はきっとある気がする。>

そう書き終えると、ベッドが1つしか無かったので、2人で眠った。