目を覚ますと、部屋に居た。
ここは確かに私の部屋だ。

そして確かに私だ。
少し頭が痛む。

血が流れる感覚が体にある、私は生きている。

外は世界の喧騒が響いている。

何となくハッとして何となくテレビをつけた。
たまたまそこに流れた事は特に私には関係の無いことばかりだった。

しかし、確かなの事が1つわかった。

私は戻ってきた。

あの時、藤原さんは私の目の前に立った。
その冷たい目から暖かい笑顔を見せたその後、私の体には一瞬激痛が走った。
何をされたのかは分からない、恐らくは殺されたのだろう。

あの世界から私が消えた。
いや、私からあの世界が消えたと言うべきか。

どちらにせよ、私は戻ってきたのだ。

これからどうするべきなのだろうか。
この世界から私は消えているのだろうか。

そして、くるみさんは何処にいるのだろうか。
私の目にたまたま写った、テーブルの上にある日記帳。
私はそれを手に取って開いてみた。
次第に前向きになっている私の言葉。

ただ最後に書かれていた事は私の言葉ではなかった。

<亜希さんへ。何も言わずに出て行ってしまって本当にごめんなさい。出て行くことを伝えればきっと亜希さんは止めてくれたのかもしれません。
でも疲れちゃったのかもしれません、生きる事に。
でも、私は決めたんです。どんな世界でも、生きようとする亜希さんみたいに強くはなれないけど、生きようって。
その為に必要な覚悟を持つ為に私は強がってみます。
本当にごめんなさい、でもありがとうございます。また会いましょう。>

綺麗に書かれたその文字の最後は滲んでいた。

きっとこれは、くるみさんの言葉に出来なかった想いが込められているのだろう。

くるみさんは多分、生きている。何処かで。
それが堪らなく嬉しい。

しかしながら、戻ってきたこの世界はいつなんだろう。
これがよくある夢オチであるならば、私は仕事に行かなければならない。
それはそれで、ゾッとする。

カレンダーを見る限り、日付は進んでいるようだ。
でもよくよく考えれば、私は死んだはずだ。
あの世界に行ったら行ったで、この世界に戻ったら戻ったで、疑問だらけだ。
なんだこれ。

何となく、癖づいてるみたいに私は着替えて外に出た。
あぁうるさい。

あんなに静かな世界に居たものだから、この世界はうるさすぎる。

家の近くの川沿いを歩いてると、何となく視線を感じる。

気持ち悪くなってきて、私は川沿いの道を外れ、駅の方へ出た。
私は後悔した。

そこでタバコに火をつけ、優しげな微笑みを浮かべるその人は、私を見るや、声を発した。
「こんにちは、おかえりなさい」

私の頭の中にある言葉達はどこかに行ったようだった。
その人はこちらの驚きように少し笑いながら、話を続ける。

「折角戻ってきたのに、同じ事を繰り返すんですね」

ん?私の言葉達は帰ってこない。

「あ、役所には手続きしましたので、こっちでも生きてますよ、自由にお過ごしください、会社も退職している事になってますので」

ん??やっと戻ってきた。

「あの、何で知ってるんですか?」

私は問う。

「何でってあなたが戻りたいって言ったから戻したんですよ」

そう笑う、違う。

「いや、そうじゃなくて、私が川沿いを歩いてこっちに
来た事も、私が会社勤めだった事も。」

「あれ言ってませんでしたか?私が貴方をこっちからあっちに連れて行ったんですよ」

それは分かってる。そうじゃない

「いや、それは分かってますけど…?」
「ふふ、あなたが死にたいと思う気持ちを汲んだんですよ。恩着せがましいようですが、救ったわけです。」
そう笑った。

なるほど、このタクシー運転手は社会に疲れてしまった私を社会から切り離し、私の希望により戻してくれたらしい。

この人はやっぱりよく分からない。
「あ、そういえば、くるみさんも戻ってますよ、今どこに居るのか分かりませんけど。」

なんなんだこの人は。

私がまた言葉を失っていると、笑顔のままタクシーに乗り込み、窓を開けた。
「では、私は行きますので、さようなら」

そう言って走っていった。

しかしこれでまた、私は生きなければならない。

‘'もう5分寝たい’’という朝の思案に比べれば、もっと重要な事だ。
私は家に戻った。

日記帳を開き、ペンを握り、くるみさんが書いた言葉達に返事するように書き始めた。

<人は誰しも、生きる為に目を覚ます。
それは、生きているからではなく、生きようとしているから。
私だって強くはない。
私はくるみさんみたいに幸せを願うのではなく、ただそれを、傍観しているだけ。
くるみさんにはきっと、奇跡みたいな日々が来る未来が待ってるはずだから。
それは素敵な事。
私は世界に踊らされている、ありふれた世界のありふれた’’ピエロ’’の1人だから。
でも大丈夫、くるみさんに会えた事は、私にとって奇跡だから。ありがとう、またね。>

そう書き終えた私は、時計の針を見つめた。
納得も理解も出来ない事があるこの世界に、言葉に出来ない、でもきっとそこにある想いが、私には見つかった。

結局は藤原さんにそれを気付かされたのかもしれない。
あのヘンテコな世界で。
そしてまた、このデコボコの世界で、私は生きていく。

[完]