真夜中の桜のもとで、僕は僕を忘れる。



一話 「退屈な日常に花を。」





黒服:さくらさんご指名入りました。

さくら:はーい。今行きますね!










……………
私がこの仕事、キャバクラを始めたのはつい3日前の事。街中を歩いていた時に偶然声を掛けてくれた黒服に誘われて始めた。





私は以前まで女子大で大学生をしていた。
しかし毎日同じ事の繰り返しでマンネリズム化した生活に飽き、サボるようになった。
次第に友達も離れて行き、1年も居ずに大学をやめた。

その後は毎日特にする事もなく、退屈した日々を過ごして居た。正直お金にも困っていた。
そんな時だったので黒服からの勧誘は正直ラッキーで自分の中の興味がざわめいたのだ。

キャバクラと言うものをテレビでしか見たことはない。キラキラと輝かしい高級感のある世界でもあり、お金と欲望に満ちた世界でもある。退屈な日々を過ごしていた私は飛びついた。
正直給料が良かった面もあるが
何かが変わりそうな、そんな気がしたから。





正直私は見た目が派手では無い。色気もない。
普段からメイクやファッションに興味はあったが一般的な女子大学生といった所だろうか。

不安も沢山あった。
見た目の事はもちろんだが、私はお酒が一滴も飲めない。それはキャバ嬢にとってはとてもマイナスな事だ。
少しでも飲むと真っ赤になって気持ち悪くなってしまうくらい体質に合わない。

そして1番の不安は男性との会話経験が全くと言っていいほどないのだ。
父親とすらあまり喋った事は無い。何しろ離婚していたので小学校を卒業した辺りからの記憶すら曖昧だ。
高校・大学は女子専門の学校に進んでいるので
男性と話す機会もあまり無い。

本当にこんなんで大丈夫なのかな?
という不安が胸に募る。










……………
今日から働く店の名前はClubシークレット。
ビルの3階まで登り、重たそうな扉を開ける。





店長:本日19時から面接予定の高橋莉奈さん?

私:はい!そうです。宜しくお願い致します。

店長:こちらにお座りください。
あっ、あとこの記入シートを書いてもらっていいかな?





店長:あー、未体験なんだね!
ふむふむ、お酒も飲めないっと。
まぁまだ19歳だから出さないから!
安心して働いてくださいね!
この辺に住んでるんだね。
出勤は毎日で良さそうかな?

結構よく喋る陽気な店長だ。
もっと怖い人が出てくるかと思っていたので正直びっくり。

私:あっ、はい。有難うございます。
毎日出勤でよろしくお願いします。

店長:若いのに頑張るね。
まぁ今日からよろしく頼むよ!
そういえば源氏名どうする?
この店での名前。

私:え、えっと…よく分からないので何でも…

店長:んー…じゃあ3月だし さくら にしよう。
莉奈ちゃんっぽい名前だと思うし。
イメージにも合うよ。

私:(結構和風な名前なんだな…)
あっじゃあそれでお願いします!

こうして面接を終え、私は源氏名というこのお店でしか使わない別名を貰った。




さくら。昭和っぽい名前であまり気に入ってなかったのが本音だ。
でもそんな所が私に似合っている気もした。