よう、また会ったな。え? オレが誰かって? ……うーん、オマエとはつい最近も会ったような気もするけど……。まあいいや、オレの名前はデヴィ。オマエ達人間の悪事を運ぶことを生業としている「ワルイコ宅配便」という会社の社長だ。オマエの名前は?
……。そうか、いい名前だな。オマエの両親がオマエのために決めてくれた名前だろ。大切にしろよ。

今日も、部下たちがとても優秀なおかげで、オレはヒマなんだ。ちょっと話でも聞いていってくれよ。
そうだな、名前といえば、オレが一番頼りにしている部下に「ゲン」っていう名前のヤツがいるんだ。

オレはヤツをそう呼んでいるけれど、ゲンというのは本名じゃない。初めて会った時に名前を言えなかったヤツに、オレがつけた名前だ。

なあ、オマエは分かるか? 自分の本当の名前を、他人に言えない理由が。自分の名前が恥ずかしいから。大抵のヤツはそう考えるだろうな。だけどよ、だからと言って自分の名前を隠し続けることなんてできるか? オマエ達人間には一人ひとり、ひとつの名前がついている。自分がどこの誰なのかを他人に知ってもらうために、つまり、自己紹介をするときに、オマエ達は無意識のうちに最初に名前を名乗るだろう。何の躊躇いもなく。少々、自分の名前が好きじゃなかったとしても、咄嗟に偽名は思い浮かばないし、そもそもそんなことをする必要もない。

毎朝、東の空から昇ってくるものを太陽だということをいつの間にか認識しているのと同じ、物心ついたときからオマエ達は自分の名前をちゃんと認識していて、それを口にする。そう、太陽というのも、名前だよな。だけど、それを忘れてしまっていたら。買い物に行った店でかかっていたあの曲の名前、どこかで聞いたことがあるんだけど、うっかり忘れちゃったなんてレベルのものじゃない。
自分が何者なのか、分からない。僕には名前なんて本当にあるのだろうか。デヴィさん、僕は一体誰なんですかと、ゲンは初めて会ったオレにそう言ったんだ。オレはびっくりしたね。コイツ、オレをからかってるんじゃないのかと思ったけど、ヤツの目は真剣そのものだった。目は口ほどに物をいうって言葉がオマエ達人間の間にはあるだろう。まさにその通りだとオレは思ったよ。嘘をついている様子もない、純粋な表情で、突拍子もないことを聞いてくる。不思議な奴だと思ったよ。それと同時に、何とかしてやりたいという気持ちも芽生えた。

もしもコイツが自分の名前も分からないくらい、記憶を無くしているんだったら、オレがその記憶を取り戻してやりたいってな。変な顔するなよ。オレにだって誰かを思いやる気持ちくらい、持ち合わせているんだぜ。そうじゃなきゃ、こんな仕事、やってねえよ。