あたしの気になる人…もとい、好きな人は誰に聞いても同じ言葉で表される。

あたしの好きな人は“悪魔”そう呼ばれる。

「だからさっきも言ったじゃん。これは違うって。何回俺に言わせるの?バカなの?」

放課後、忘れ物をして教室に取りに戻ると、冷たい声が聞こえる。
声のトーン、話し方、一言多いことも含めてそれが“悪魔”であることがわかった。

きっと機嫌が悪い。
あたしが教室に入って気付かれることはないだろうけど、気が散って当たられたりしないか不安だ。
教室の入口手前で少し時間を置いて、落ち着いたかな?って時に何気なく教室に入った。

「・・・」

彼と目が合う。
彼の座る隣の机には休憩中に勉強を教えて欲しいとでも頼んだんだろう女の子がもうすぐ泣くんじゃないだろうかっていう表情で机の上にあるプリントと向き合っていた。

あたしは彼と目が合っただけで何も言わず廊下側の一番端の自分の机に向かい、机の中に忘れていた音楽プレイヤーを取り出して静かに教室を出ていこうとした。

「多英」
「はい?!」

まさか呼ばれると思わなくて裏返る声に咳払いをして「はい?」と言い直した。
なんで声が裏返ったのかを怪訝そうに見ている彼。

綺麗な目をしてるくせに睨むような目つきだから視線を合わせたくなくて隣の女の子を見てた。

「もう帰んの?」
「帰る。今日一人だし」
「あっそ」

聞いただけか、と落胆する。
帰る口実にするのかなって少し思ったけど、聞いたくせに興味はないらしい。
きっと自分で作った空気の悪さをあたしで変えようとしただけ。
「じゃあね」と教室を出ていき、来た道を戻る。

彼がこうして放課後に誰かの勉強に付き添っていることはもう最近では毎日のことで、彼が全国模試で三番を取った次の日からこういうことが続いてる。
彼は「まぐれ」だと言い張っていたけど、しつこく聞いたら「ほんとウザイから」とバッサリ切られてしまった。

彼は頭がいい。
頭がいいくせに並に運動も出来る。
頭がいいから会話も上手い。
人に好かれて仲間も多い。

“悪魔”と呼ばれているのは彼が元々面倒くさがりやで、頭がいいから余計なことをするのが嫌いで、話す言葉も考えてはいるけど性格上ストレートで理論的で完結に淡々と話すから毒舌だとか冷たいとか言われてしまうことから付いたあだ名でしかない。
それをあたしは中学の時から知っているから気にしたことはないけど、一応気になる人であって、傷つく時もある。

普通の女の子ならあんな男は絶対嫌だと思う。
自分を客観的に見たってバカだと思うし、こういう彼だって噂がたってるにも関わらず勉強を教えてもらおうとする女の子もバカだと思う。
彼の冷たい態度と言葉に耐えた結果、“きっかけ”として繋げるためならわからないこともない。
あたしも自分がバカだと思うけど、それでも気になってしまう原因は彼にある。

唯一、中学からの友達であるあたしの事を彼は“多英”と名前で呼んでくれる。
彼はあたし以外の女の子を名前で呼んだことを聞いたことがない。
もしかしたら他にあたしの知らないところで呼んでいる子がいるかもしれないけど、今はあたししか呼んでいないって周りが言う。

最初は他の女の子が付き合っているのかどうか聞いてきたくらい珍しい。
そういうことをするからあたしが自惚れて勘違いして気になってしまう。
気になったら好きになっちゃったっていうだけ。

彼が女の子の勉強相手をするのも最初は“なにやってんの?”ってムカついた。
知らない女の子に突然「勉強教えてください!」って言われてOK出す奴いる?って思ってた。

彼はOKを出して今に至るわけだけど、たまたま偶然、今みたいな状況に出くわしてあのような冷たい言葉を放っていたのを聞いて安心した、というか、人としてどうなの?と思って、嫉妬みたいなことをした自分がバカらしくなった。
それからは毎日入れ替わる女の子が気の毒に思えて可哀想にしか見えなくなった。