「えーと…ああそうだ。夏休み中、瀬川さんのお母さんが亡くなられました。本人も辛いでしょうから、皆で支えてあげましょう。…うん。それでは帰りの会はおしまいです。皆さんさようなら!」
夏休み明けの初日の帰りの会の終わり。麻那美のお母さんの死は、たった15秒程で報告され、片付けられてしまった。
クラスメイトは「さよなら」と返事したあと、それぞれの行動をとった。
早速遊びに行く約束をして、夏休みの延長戦を本日9月1日の昼下がりから敢行しようとするクラスメイトの男の子達。
昨日のドラマや、女の子向けアニメの展開についてただ「好き」「嫌い」をぶつけ合うクラスメイトの女の子達。
僕も麻那美も、そのどちらの輪の中にも所属していなかった。
当事者の僕達がこの輪の中に入れば、きっと輪が崩壊する。
麻那美は当然だが、自分自身の場合でもそう予想した。

「コイツ等は何を聞いてたんだろう」と、怒りの炎を心に滾らせていたからだ。
その激情の炎の勢いに比例せず、僕の思考は冷静だった。
人はあまりにも激しい怒りを覚えると、逆に冷徹になるんだな。
僕は初めて「怒り」の認識を改めた。
心は熱く、激しく怒っているのに、表情からはそれは見て取れない。
身体の外側と内側で既に温度差が発生しているのだから、友人達と接する際にも温度差が発生するのは予想できた。

だから、僕は麻那美の手を引いた。
葬式のときから変わらない、指で突けば割れてしまいそうな泡のように弱々しい顔をした麻那美を。
温度差を感じるクラスメイトは放っておいて。
これ以上割れないように…優しく手を引いて、昇降口に向かった。
道中、すれ違うクラスメイト達に「遊ぶより、無駄話するより先にやることがあるだろうに」と、心の中で叫んだ。
聞こえないのは当然だが、それでも振り返って麻那美に慰めの言葉をかけようともしないアイツ等にますます怒りが積もる。
…でも、いいんだ。
たとえ僕1人でも、麻那美を支えてやれば。
麻那美の為に、いつでも「最初の1人」でいられれば。
そう決意し怒りを捨て、麻那美の手を握り直す。
すると、いつもはただ握られるだけの柔らかくて少し小さい手が、キュッと握り返してきた。