それから二日後、シュティーナは王都ドルゲンへ向かう馬車に揺られていた。

 屋敷には兄が残ることになり、父不在を守っている。

 シュティーナと父にはイエーオリとリンが同行していた。一時滞在を命じられているので、当面の着替えや生活用品は持ってきたが、いつ帰宅できるかも不明だった。しかし、イングヴァル王子やカールフェルト王の言うとおりにせねばならない。

(まさか、行ったまま戻れなくなるわけじゃないでしょうから……)

 スヴォリベリ領から王都ドルゲンまで、3日の旅だった。ここまで何事もなく進んできた。あと少しで到着するはず。

 シュティーナは束の間のまどろみから意識を引き上げ、馬車窓に引かれたカーテンを開けた。緑のトンネルを抜けると景色が開け、太陽の光が眩しい。どうやら王都のまわりに広がる森を抜けたところだろう。

 旅は天候に恵まれ、今日もとてもよく晴れていた。

 しばらく進むと、高い塀が見えてきた。

 シュティーナが王都へ来るのは2歳のころ以来らしいので、どんなところだったのか覚えていないけれど。いまは亡き母の腕に抱かれてこんな風に景色を見上げていたのかもしれない。

 馬車は砂煙を上げながら塀沿いに道を進んだ。

 重厚な門の前まで来る。門番と御者、そこへイエーオリが入りなにごとか話したあと、門が開かれた。馬車が引き込まれる。そしてそのまま大きな建物へと入っていった。

 目の前にあらわれた王宮は、巨大だった。

 広大な王宮庭園、庭師は何人いるのだろうか。動物を象った噴水、整えられた木々は背の高いもの低いもの様々、その間にちょうどよく花も並べられている。

 馬車は庭園を抜けると、大きな石段の前に停車した。馬車を降り、石段を登った。広い玄関に足を踏み入れる。

 シュティーナは既に目がチカチカしてきてしまったので、なるべく建物も庭も装飾品も見ないようにした。

 控え室兼宿泊用として使うように言われた部屋へ入り、身支度を整える。
 父とイエーオリは、シュティーナとリンとは別な部屋へ通されたから、少々心細く思う。

 普段はどういう使い方をしているのか、豪奢で広い部屋には、テーブルの上に軽食も用意してあった。大きな花瓶によい香りを放つ花も飾られてあった。

(ここも、目が眩みそう)

 シュティーナは深呼吸と溜息が混ざったような呼吸をした。カップに注がれたお茶だけをいただく。食欲はなかった。


「召し上がらないのですか?」

 リンが不安そうに聞いてくる。

「リンが食べて。いまはお腹が空いていないの」

「シュティーナ様……」

「そんな不安な顔をしなくても大丈夫。もうすぐ夕食の時間でしょう? その時にいただくわ」

 シュティーナはお茶をまたひとくち飲んだ。鏡の前へ行き、髪の毛を整える。先程から何度そうしているだろうか。シュティーナは、鏡にうつる自分の顔をじっと見る。おかしいところは無いか。男をまったく知らない少女ではなくなった自分が、皆の目にどう映るか気になって仕方がなかった。

 王とイングヴァル王子にお目通りするために用意したドレスは、露出を控えた作りになっていた。シュティーナのほっそりした手首や首筋をレースで包み込み、腰は締めつつも女性らしい曲線を描いていた。髪は左右を編み込み後ろにまとめてゆるく垂らし、お気に入りの赤い石と花細工の髪飾りを着けた。