「本当は、連れ戻しに来てくれたんでしょう?」

 デートと称して入った小汚いラーメン屋。珠子はそこで、そう切り出した。

 塗装が剥げ落ちた白いカウンターに僕が目を落とすと、珠子も釣られて同じ付近のひび割れを眺める。僕が目を反らし、珠子の様子を窺うと、珠子もそこから目を反らす。

 ほどなく僕たちの目の前に、ラーメンが運ばれる。ラーメン鉢が置かれた位置は、先ほどから眺めているひび割れあたりで、うまい具合いに隠す形となった。


「白状しなさいよ」


 今度は黙って、僕はレンゲに掬ったスープの油を見ていた。

 店で一番安かった葱ラーメンを、二人で頼んでいた。透き通った鶏殻スープに、かための細麺。

 そのスープの表面で、小さな油がひっついて、大きな油になる。

 僕の頭の中や世の中も、本当は、こんな風になっているのかも知れない。


「小さい頃と、反対だね」


 麺の上に、スープを零した。

 大きくなった油が、引きずられるように、伸びきって落ちた。


「反対? 何が?」



「今度は、僕が珠子を引っ張っていくよ」


 珠子はラーメンに割箸をプスリと突っ込んで、「うん」と頷いた。


「ポスターから出て来てくれて、ありがとう」


「ポスター……」


 珠子はそう言うと、俯いて、黙り込んでしまった。

 ラーメンの湯気が、珠子の表情を隠した。