前にも触れたが、僕の家は寺である。町で唯一であり、地域としてそこそこの役割を果たしていた。

 敷地内には粗末な本殿と、倉庫兼住居があった。雨漏りからカビが生えるなど、建物の老朽化が酷く進んでいた。

 そこでせめて本殿だけでもと、ある日、父は念願の改修工事に踏み切った。寄付を募った上に、周りの勧めに応じて多額の借金を背負った。僕の家族の生活が重石を載せられた様に変わったのは、そのことが原因だった。

 普通の改修とは違い、国の重要文化財と同じ手法をとったとのことで、本殿は解体され、土台だけを残し、僕たちの目の前から忽然と消えてしまった。


 本殿が運び出された翌朝、わかりきった事なのに、それまであった空間を、父は茫然と眺めていた。

「きれいに無くなったね」

 僕は父に声を掛けた。
 しかし、父は此方を向くこともなく、答えてもくれない。

 洗ったばかりの父のこけた頬が、更に窪んで見えた。

 父は溜め息をひとつ付いた。冷たい空気を吸って、静かに長く息を吐く。

 父はやはり何も言わない。まるで僕が本殿と共に消えてしまい、その場に居合わせていないかのようだった。
 それでも僕は、父の様子が気になった。気になって仕方がなかった。


 父が家の中に戻ると、僕は今まで届かなかった朝日を浴びた。いつも日陰だった場所に、陽の光が当たる。

 温かかった。
 空気中の塵が躍る。

 振り返ると、ヌメッた地面に出来た影が、僕をくっきりと形取る。膝を曲げれば、足の長い黒い切り絵のような自分が、面白おかしく動いた。