僕は来た道を帰っていた。

 僕が黙って歩いているせいか、道沿いにいくつかあったポスターも黙っている。


 ──姉は、子供を亡くしたんです。


 幸恵さんの言葉だった。差し支えなければ、どうしてこんなことになったのか、と尋ねてみたのだ。

 しかし、恩師とはいえ、ただの生徒と先生の間柄。僕は聞くべきではなかった。

 子供を亡くしたといっても、まだ赤子だったそうだ。

 お腹の中に子供を授かった喜び、そして産まれてきた幸せ……、そうやって得られたものを、先生は失ってしまった。

 小さな命に取り憑いた病が原因だった。

 それでも先生は、気丈に振る舞っていたそうだ。

 しかし、誰が悪い訳でもないのに、先生は自分を責め出した。

 仕事中心の生活を送っていた妹が気付いた時には、もう、手遅れだった。

 先生の相手の男性は去り、独りで暮らしていた早苗先生は、自分から壊れて行く。

 先生は何から何まで背負いこんでいたのだ。表面上は平気でも、精神的にはぼろぼろだったそうだ。


 姉をひとりにしてしまった幸恵さんは、ひどく後悔しているという。

 身寄りがなく、この世でたったひとりの肉親である姉のため、会社を辞めて、フリーで働き始めた。

 年収が半分になってしまったが、時間の拘束がなくなったため、今は、姉についていられるそうだ。