僕は店を後にした。

 店のガラスの向こう側から、珠子が僕の様子を伺っているような気がする。

 ガラスが光で白く反射したところで、珠子に予め尋ねておいた最寄の駅に向かって、僕は走り出した。

 店に入るときには気付かなかったが、通り向かいのビルにポスターが貼り付けられてあった。

 消費者金融のポスターだった。灰色の事務員の制服を着た若い娘が、にこやかに通り行く人々に、借金を勧めている。

 黒いショートヘアの彼女は、どこか健気で、借金というものの陰鬱さを隠し、お手軽感をかもし出している。

 10日間は無利子だから「急いで申し込んでね」と言う訳だが、表面上は「借り過ぎに注意してね」と、借り手に寄り掛り、指先で消費者の体をなぞっているのだ。


 僕はまだ、世の中のことをあまり知らない。

 だから今はまだ、当事者になるのではなく、何が起こっているのか、頭の中で観察している方が気が楽なのだ。



 彼女には店を出て、すぐに囁かれた。


「走って!」


 驚きもしたが、しかし、自分でも上手く説明はできない。

 とにかく体が反応し、僕は走った。

 珠子に出会うという思い掛けない幸運に舞い上がったのか、或いは嬉しかったのか、本当のところは分からない。

 重要なのは、感性の赴くままに行動すること。考えてはいけなかったのだ。