「アッれー! 嘘お?」


 僕の目の前で、店員の女が明から様に、そして高らかに黄色い声をあげた。

 メモのシワを伸ばす事に集中していた僕は、すぐ近くに立っていたにも関わらず、その存在に気付きもしなかった。

 その店員が意図的に気配を消す筈もなく、僕が固まってしまって、反対に彼女の方が驚いたに違いない。



「やだー。やっぱり、カミイ君?」


 メイドのような白と黒の制服で、俗にいう萌え萌えというヤツだ。しかし、特別意識して確認した訳ではないが、ここはメイド喫茶などではなかった筈だ。

 フリルで繋がれた曲線のうねりが、優しく包み込むように広がる。どうにもこうにも胸の膨らみにだけに、眼球を取り巻く筋肉が敏感に反応するようだ。

 投げ掛けられた声は、ポスターなどから発せられるものとは、まるで違う。空気の振動を鼓膜で受け止めると、その情報は瞬く間に脳に伝導される。

 まさしくこれは生身の人間の声だった。それも女。聞き覚えは……、解らない。

 トレイを胸に押し当てて、僕の様子を伺っているようだった。苦しそうな果実を想像する自分を、見られるのが嫌で、顔を向けることさえ出来ない。


「カミイ君、じゃないの?」


 ほんの少し、不安そうな声になった。僕以外の人間では、とても分からない位の微妙なトーンの変化。

 ──しかし、たとい自分の名前を呼ばれても、得体の知れない女に、返事は出来ない。


 お前、誰だよ?


 心の中で、そう思うだけで、口には決して出さなかった。

 勿論、胸の膨らみより上を見ることはない。柔らかそうだという想像が、本能的に働くのみだ。


「今、『お前、誰だよ?』って思ったでしょう?」


「ええっ!?」

 僕の方が明から様なのか、正直に顔に出ていたようだ。


「どうなのよ?」


「普通、知らない人に声を掛けられたら、誰だって思うでしょ?」